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◇ コ ラ ム ◇ 私の半生(その一)

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 この世に生を受けたのは昭和40年の4月19日の午後五時頃である。東京の新宿区河田町のフジテレビ(当時)の隣に余丁町という町があり、そこに秋田県雄勝郡出身の母の父が当時会計事務所を構えており、その近くの産婦人科で城内実が生まれた。出生地がたまたま東京だったので、誤って東京出身とマスコミに書かれることがあるが、実は当時父康光が広島県警捜査二課長(当時30歳)として、東映映画の「仁義なきシリーズ」 でも有名な山村組と打越会の広島やくざ抗争を担当しており、家族に危険が及ばないように、出産のために一時的に広島を離れて母の実家に「疎開」したのである。したがって、住民票は広島市で本籍地は父の実家の浜松市浅田町であった。あのカッパのバッチと東京五輪が懐かしい東京都民になるのはそれから4年後のことである。
 広島ではものごころついた頃には、天井をながめていた。冷房もない狭い広島の両親のアパートで扇風機から送られる生暖かい風が懐かしい。目をつぶるとなんとなくその時のにおいや空気がよみがえってくる。映画「三丁目の夕日」の時代よりも10年後の世界であるが、それでもまわりの風景は「三丁目の夕日」そのものであった。
 広島といえば、自動車のマツダ(東洋工業)と広島東洋カープである。広島で作られたマツダのR2やキャロルといった軽自動車やオート三輪の他に、ダイハツのミゼット、富士重工のスバル360、サンバー、トヨタのコロナ、クラウン、日産のセドリック、プリンス・スカイライン、グロリア、三菱コルト、日野コンテッサ、いすゞベレット、ベレル、ボンネットバス、トロリーバス、路面電車など懐かしく思い出す。
 昭和44年に父の転勤で広島から東京の新宿区に引っ越しをする。その頃から小児ぜんそくにかかり、夜中発作をおこして苦しんでいた。そうこうするうちにいつのまにか新宿区立淀橋第四小学校(通称「よどよん」)付属幼稚園に入園していた。(以下続く) 
 


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