先日私の参加しているボランティア活動の関係者がこのブログに移転することとなった。安保問題の時代にいろいろと辛酸をなめておられる。辛酸といえば、渋柿であるが、今日ある農家の農業生産者指数を出して葉ってもらうことにした。
Archive for 11月, 2007
◇ コ ラ ム ◇ 映画「ジョンQー最後の決断」
今日支援者のSさんからメールで例のアメリカ映画の「ジョンQー最後の決断」が放送されるという情報をいただいた。
デンゼル・ワシントン主演のこの映画は、心臓移植をするしか助からない息子の命をなんとか救おうとして病院に立てこもる父親のドラマである。
日本の国民皆保険制度と違ってアメリカは民間保険会社が市場原理主義に基づき、医療サービスの「価格」を決める。だから、人の健康も命も保険料を多く払う人が当然優先される。このことは、アメリカでも社会問題になっている。その点に関しては、関岡英之氏も「改革にダマされるな!」で和田秀樹氏との共著の中で詳しく書かれている。
以前紹介したマイケル・ムーア監督の映画「シッコ」もそうであるが、これから日本に導入されるアメリカ型の混合診療の是非も含めて国民の間でじっくり議論しなければならないと思った次第である。
◎ 政 治 ◎ 防衛利権(その二)
今日の国会で守屋前防衛事務次官の口からついに、久間、額賀両元防衛庁長官の名前があがった。検察はロッキード事件なみに今回徹底して捜査することを期待している。
ロッキードと同じく、今回の防衛利権問題にも、政界ルートと財界ルートがあり、戦後最大の疑獄事件に発展する可能性が十分ある。ところが、検察はどこかで線を引く可能性がある(とかげのしっぽきり)。
①元官僚と防衛商社の関係者の逮捕だけでお茶をにごすのか、②バッチ族を一人だけ見せしめで逮捕するのか、③防衛利権関係者を一網打尽にするのか(与野党の所属議員多数逮捕)分からない。
検察はこの際、世間の一部から囁かれている「国策捜査」(村上正邦・小山孝雄、鈴木宗男・佐藤優、辻元清美、西村慎吾、植草教授等)の汚名を挽回すべきではないだろうか。うみを出し切ってほしい。
★活動報告★ 第11回滋賀県人会世界大会
今日は朝9時36分浜松駅発の新幹線ひかり403号に乗って、京都駅乗り換え(琵琶湖線)で滋賀県の大津駅まで行った。到着は11時頃。大津駅からタクシーで大津プリンスホテルまで直行。意外と早く着いた。
大津プリンスホテル37階の「清水」にて11時30分よりシンポジウムの打ち合わせを行った。テーマは「滋賀と多文化交流について」。六名のパネリストの一人として、私と滋賀県との出会い、近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間良し)の精神こそが、行き過ぎた市場原理主義に代わる普遍的な価値であることなどを述べた。
私と滋賀県との出会いはおよそ15年前にさかのぼる。当時私は南ドイツのバイエルン洲の中堅都市のアウグスブルク大学に留学していた。そのアウグスブルク市の数少ない姉妹都市の一つが長浜市であった。
長浜市と言えば、町おこしと例の不幸な事件で有名になったが、アウグスブルク市は約50年前の昭和34年に既に姉妹都市に指定した。滋賀県内の姉妹都市の嚆矢となった。
私の地元の静岡県西部は「遠江(とおとうみ)」と言い、滋賀県は「近江(おうみ)」という。彦根藩主であった井伊家の発祥の地が引佐町の井伊谷の近辺であるとのこと。これからもっともっと近江と遠江の関連性について考察していきたい。
☆お知らせ☆ ボランティア募集
いつもご支援ありがとうございます。さて、10月8日のシンポジウムにおきましては、選挙区内外より200名近いボランティアの皆さんが浜松のアクト・シティに結集し、お手伝いして下さいました。本当にありがとうございます。
さて、政治が大きく動いております。いつ解散があってもおかしくない状況です。
城内実後援会では、後援会活動及び告示後の選挙活動を手伝って下さる方を新たに募集しております。この静岡七区は全国でも屈指の注目の選挙区です。したがって、私自身大変やりがいがあります。
「信念」の旗印の下に浜松に結集して、一緒に活動をしたいというお申し出が既に選挙区内はもちろんのこと、北は北海道から南は九州・沖縄まで全国から多数来ております。
ボランティアをして下さる方(短期間でも結構です)は、お問合せを通じてご連絡願います。ボランティア要員として登録させていただきます。ともに連帯しましょう!!
◇ コ ラ ム ◇ 子供に関する文章
城内実のブログの内容はちょっと固いという人がある。もっと柔らかい内容を書けということなのだろう。なるべくわかりやすく書いているつもりであるが、政治ブログなのでどうしても中身が固くなる。
人気ブログはただ日常のことをありのままに書いていたり、ペットの猫や犬などの行動などを描写したりしているだけで意外なほど多くの固定客を得ている。私の朝ご飯など写真入りで載せると意外とアクセス数が増えるとのこと。そういう方もいるが、私はちょっと抵抗感がある。
私が時々このブログで掲載している懐メロやSPレコードなどは内容的には柔らかい「娯楽」の分野のつもりであるが、むしろ内容的にはマニアックな部類に属するものもある。
そこで、今日は子供に関する文章を以下で二つ紹介する。一つは自分の子供について。もう一つは、童謡について書いたものである。二児の父親として子育てには人一倍関心があるし、日本の素晴らしい童謡を小さい頃から自分の子供たちに聞かせている。みなさまからのご感想をお待ちしている。
①私の子育て
②童謡と「子供の世界」
☆お知らせ☆ 「日本の正道」(平沼赳夫他、PHP研究所)再び
以前「日本の正道」(平沼赳夫+正しい日本を創る会、平成19年7月、PHP研究所)を書籍紹介でとりあげましたが、この中に私が書いた文章が巻末にあります。この機会にブログの読者のみなさまに拙文をご紹介します。
「祖国日本よ、よみがえれ!」(前衆議院議員・拓殖大学客員教授 城内実)
いまだに「改革、かいかく、カイカク」と、耳にたこができるくらい新聞・雑誌、テレビの報道番組等で「カイカク」という言葉が氾濫している。この「カイカク」という言葉がいまやとても陳腐でうさんくさく耳に響くのは、私だけではあるまい。
いわゆる構造改革路線の下で、道路公団民営化、郵政民営化、医療改革、司法改革等が進められているが、「国民のための改革」ではなくて、「改革のためのカイカク」、「外国資本のためのカイカク」である気がしてならない。
関岡英之氏が常々指摘されているように、日本の構造改革路線はアメリカによって毎年つきつけられている『年次改革要望書』の影響を大きく受けている。これでは、国民を幸せにするための改革ではなくて、アメリカの業界のための「カイカク(=改悪)」ではないのか。それにまんまと日本の一部の官僚と外国資本の手先となった政治家たちが荷担している。悲劇的というよりも喜劇的状況である。
欧州諸国はその点、極めて健全であり、グローバリズムと称するアメリカ主導の、自国に都合の良いカイカク路線には与しない。それどころか、アメリカに対抗すべくスクラムを組んで欧州連合を立ち上げ、(英国は別であるが)、なんとユーロという新たな基軸通貨まで作り上げた。あっぱれである。
私は、アメリカが日本にとって最も重要なパートナーであると認識している点では人後に落ちないと思っている。
しかしながら、アメリカと日本は建国の精神や国柄が全く異なる。むしろ、「パワー」、「マネー」、「軍事力」といった二十世紀型の物質文明にいまだにどっぷりと使っているという点で、中国こそがアメリカとイデオロギーを越えて同類だと言えよう。
本来、真正保守の陣営がめざすべきは、日本の伝統と文化を「保守」することであり、これは単に文化財を保存するといった形式的なことではなく、日本人の精神性、例えば武士道とか大和魂の真髄を我々の子々孫々に教育を通じて伝承していくことである。
モノ、カネ中心の二十世紀型物質文明から、二十一世紀は、心、たましい、健康、人と人との信頼関係、家族愛、郷土愛、世界人類の平和、地球環境といった目に見えないもの、単純に「市場価格」で表示できないものこそ大切にする時代である。
日本はもともと農耕民族であり、お互いが助け合い、信頼し合い、天地八百万の神々に収穫の祈りを捧げて来た民族である。共存共栄や「和の精神」を旨としてきた。その日本民族の中枢にあるのが万世一系の皇室である。
だからこそ、日本はアメリカではなくて、むしろ地域共同体を大切に保守している欧州諸国を見習うとともに、「和の精神」を全世界に広めるという、本来の日本の使命に目覚めなければならない。
吉田松蔭先生の名言に「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」があり、西郷隆盛先生は「命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして國家の大業を成し得られぬなり。」と喝破された。吉田松蔭先生、西郷南洲翁にはとても及ばないが、これからもぶれずに不肖城内実は国家国民のために信念を貫いて参りたい。
「正しい日本を創る会」に、私のような者を参加させてくださった平沼赳夫先生に改めて深く感謝申し上げるとともに、平沼赳夫先生が皇室のいやさかと神国日本の繁栄、世界人類の平和のためにますますご活躍されることを、心よりお祈り申し上げる。
◇ コ ラ ム ◇ 「自殺」
昨日のブログの最後に、「それにしても、守屋前次官が「自殺」しなければ良いのだが・・・・・・。」と書いた。最近、いろいろな高度な薬品(劇薬)のせいで自殺を偽装した不審死が多いそうである。これでは、生命保険会社もたまったものではない。
私は自殺は神様に対する冒涜だと信じている。我々人間は宇宙の中にあってはちっぽけな粟粒のような存在である。この人間ごときがとても理解できない高次元の崇高な存在(人はこれを「神」と呼ぶ)からいただいた、肉体、生命を勝手に許可無く傷つけることが許されようはずがない。
だから自殺は邪道なのである。私城内実はどんなに苦境に陥ろうとも自殺だけは絶対にしない。私が「自殺」したと報道されたら、これは自殺の偽装で誰かに殺されたと思っていただきたい。
古今東西、あらゆる宗教は自殺を禁じてきた。これは偶然でもなんでもなく、自殺の罪をあがなうためには子々孫々まで苦労をかけ迷惑をかけることになるからである。
自殺するくらいなら殺された方がましである。人を殺す、すなわち神から与えられた生命を勝手に許可無く絶つことは、同じように神に対する冒涜である。だから、自殺を偽装して人を殺すようなやからは、間違いなく、二重の意味で阿鼻叫喚の地獄で苦しむのである。
こんなことを書いても現世御利益型の刹那的なひとたちにはぴんとこない。感性や霊性について、良く分かっていないひとたちは肉体が滅び、魂だけになったときにはじめて気がつくであろう。しかし、そのときにはもう遅いのである。
◎ 政 治 ◎ 防衛利権問題
辞意表明の記者会見をした小沢代表が慰留され民主党代表として続投することとなった。このどたばた劇で、防衛省の守屋前事務次官をはじめとする例の防衛利権の事件が一時かすんでしまった。
ところが、ここにきて山田洋行の宮崎元専務が業務上横領の疑いで逮捕され、この問題がまた大きくとりあげられるようになった。
捜査のメスはバッチをつけた防衛族まで及ぶのかどうか。これが一番の肝心な点である。ある情報筋によると、今回の事件はロッキード事件を上回るような大事件に発展する可能性があるとのこと。なにせ扱っている金額がはんぱでないからである。守屋氏があれだけやりたい放題できたのは、バックに手先の守屋氏を庇護してきた親分の国会議員がいたからだ。それが誰なのか。政権中枢にいた人間であることは間違いない。
ホリエモンや村上ファンドの村上氏がやりたい放題できたのは、彼らのバックに政権中枢の庇護者がいたからである。 一部の人たちは、検察に対して本来逮捕されるべき悪質な利権屋の国会議員を見逃し、国策捜査でもって権力にとって邪魔な国会議員や学者だけをねらい打ちして逮捕していると批判している。そういう批判があるからこそ、検察当局は、この防衛利権案件をトカゲのしっぽ切りでうやむやにするのではなく、是非ともひるむことなくしっかりと捜査して真相を究明するとともに、事件の背後にいる巨悪に対してきちんとメスを入れ、これまでの国策捜査の汚名を挽回していただきたい。
それにしても、守屋前次官が「自殺」しなければ良いのだが・・・・・・。
◎ 政 治 ◎ 小沢代表の辞任
今日午後突然「小沢代表辞任表明」の一報が入った。私はさして驚かなかった。あの郵政解散総選挙以来政治に何が起きようともおかしくないからだ。可能性はほとんどないと思うが、二年後には小沢代表が自民党の党首になっていることもあるかもしれない。なにせ反自民の急先鋒であった二階氏も自民党の大幹部に復帰しているくらいだから。そもそも、自民党も民主党も数年後にはなくなっており、政界再編が実現していることだって、小選挙区制では難しいにしろ、ありえないことではない。
もう一度冷静になって考えてみよう。わずか二年前の郵政解散総選挙であれだけ圧勝した自民党が、なぜ先の参議院選挙でぼろまけしたのか。普通では考えられないことである。自民党王国の宮崎県でそのまんま東さんが知事になったのは偶然ではない。
安倍総理になってからなぜか閣僚の失言、不祥事が次々とおこる。5年間という長期にわたる小泉政権で田中真紀子外務大臣の辞任を除いてなぜ、ほとんど閣僚の不祥事や問題が表に出なかったのか。おかしいではないか。偶然か。
小泉・竹中構造カイカク路線派があれだけほめちぎったホリエモンや村上ファンドの村上氏がなぜ逮捕されたのか。永田メール問題の不可解。竹中大臣(当時)はなぜ任期途中で議員辞職したのか。U教授はなぜ痴漢容疑で逮捕され、さんざん長期拘留されたのか。よく考えると不可解なことだらけではないか。アメリカの「テロとの戦い」とは?イラクの独裁者サダム・フセイン氏が逮捕処刑されて、なぜ世界最大のテロリストの親玉のビンラディン氏は未だに捕まらないのか。
しかし、こうした事実があるのにもかかわらず、マスコミは真相に迫ろうとしない。それは、なぜか。マスコミ人がよほどの不勉強で勘が悪いからなのか、我が身が恐くて真相を明かせないのかどちらかである。
国民が知らされていないこのからくりも、あと数年ほど経つと徐々に明らかになるであろう。
「現在、過去、未来」、「因果応報」という言葉があるが、全ては原因があり結果がある。地球創世以来、太古の昔から現在まで連綿と無数の糸でつながっているのである。そうであるならば、もう一度虚心坦懐になって過去のいろいろな出来事に思いをいたし、将来の結果が凶とならないように、現在に生きるわれわれは、もう一度反省して改めるべきところは改めなければならない。


