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◇ コ ラ ム ◇ 岩釣兼生先生逝く

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 今日午前8時半、浜松発東京行きの新幹線の車中にいるころ、私の携帯に支援者Qさんから着信があった。それに気がついたのは9時頃である。
席を離れてQさんに電話をした。Qさんからの電話の内容は以下のとおりであった。
 「例のロサンゼルスオリンピックの柔道決勝戦で世界の美談になった山下泰裕選手対エジプトのラシュワン選手との戦いがあったが、そのラシュワン選手に講道館で『武士道』と『惻隠の情』を教えたのが先日お亡くなりになった岩釣兼生先生である。岩釣先生は拓殖大学の柔道部監督として多くの部員のめんどうも見た。城内さんは拓殖大学の客員教授をされていたので、どうか明日芝の増上寺で告別式があるので、最後は盛大に先生を天上界にお送りしたい。ついては、城内さんの人脈の限りでこれという政治家の花輪を出して欲しい。花輪の代金は当方がもつのでお名前だけでも貸して欲しい。よろしく頼む。」
 そう言われた。
 そこで、私は、明日の午前中の告別式なのでそれに間に合わせるために急いで電話をかけまくった。あるいは、議員会館に出向いた。その結果私なりに次の方々がよかろうと判断した。

1.中曽根康弘元総理(元拓殖大学総長)
2.西岡武夫参議院議長(三権の長)
3.村上正邦元労働大臣(元拓殖大学応援団長
4.森喜朗元総理(元ラグビー選手、体育スポーツ振興の国内第一人者)
5.亀井静香前金融担当大臣(国民新党代表)
6.平沼赳夫先生(武士道、ぶれない信念の男、次期総理候補)
7.安倍晋三元総理(次世代を担う次次期総理候補)
8.高木義明文部科学大臣(スポーツ担当大臣)
9.田中康夫(新党日本代表、パステルカラー)

10.原口一博前総務大臣

 現時点(2月8日午後10時30分現在)でご了承をいただいたのは計六名、中曽根元総理、村上正邦先生、森喜朗元総理、亀井静香代表、安倍晋三元総理、田中康夫代表だけである(原口一博前総務大臣については別ルートですでに了承ずみであることがあとで判明。)。
 西岡議長、平沼赳夫先生については、当方の連絡の不行き届きで先方に趣旨が伝わっていなかった。明日朝一でもう一度やってみたい。
 それにしても、残念なのは当方から今日の午後2時頃に高木義明文部科学大臣の秘書官に花輪の件でお願いしようと電話したところ、ようやく4時頃に電話がかかってきた。X秘書官曰く、「大臣はそんな人知らないし、そのような名前を出すことは前例もないので大臣と相談した結果一切お断りしますので悪しからず。」という回答があった。
 私も、「分かりました、大臣秘書官のお手を煩わせて申し訳ございませんでした。この話はなかったことにしてください。大臣にくれぐれもよろしく。」と申し上げた。
 午後9時までに上記の日本を代表するお歴々六名がお名前を貸して下さるというお返事をいただいた。そこでX秘書官のきわめて官僚的な対応に急にはらわたが煮えくりかえった。
 おとなげないかもしれないが、午後9時半にX秘書官に電話をした。「私は何の力もないしがない無所属議員だけれども、一応高木大臣が担当されている文部科学委員会の委員です。そういった典型的な役人的な答弁でなくてもう少し温情のある対応ができませんかね。」と言って頭にきて電話を切った。それからX秘書官から電話があったら私より「ごめんなさい、言い過ぎました。」とお詫びしようと思っていたが、それから全然携帯に電話がない。
 X秘書官の前のP秘書官だったら私がドイツ大使館勤務時代にご一緒させていただいた旧科学技術庁出身の方なのでもう少しあうんの呼吸で対応できたと思う。
 しかし、それにしても今日いい勉強をさせていただいた。まさか秘書官が勝手に気をきかして大臣にきちんと相談することなしに対応したのではないだろう。高木大臣の判断だということだ。そう信じたい。みなさんどう思われるか。
(参考)柔道界の世界的発展に大きな貢献を果たされた岩釣兼生さんが、悪性リンパ腫との長きにわたる闘病のすえ、惜しくもさる1月27日に天上界に旅立たれた(享年66)。
告別式が明日9日午前11時より、芝増上寺にて執り行われる。
 岩釣さんは、熊本県の生まれ。拓殖大学に進学後、「鬼の木村」と呼ばれた木村正彦氏の指導を受けられた。拓大卒業後は兵庫県警に奉職され、昭和46年には念願の日本選手権制覇の壮挙を成し遂げられた(恩師木村氏に続き拓大出身者で二人目。これ以降は残念ながら出ていない)。
 岩釣さんの偉業はむしろ引退後にあるといってよいだろう。岩釣さんは、指導者として拓大監督を務められ、昭和63年のソウル五輪では、その指導力を高く評価され、モハメド・ラシュワン選手を擁するエジプト代表チームの監督を務められた。ラシュワン選手といえば、昭和59年のロサンゼルス五輪で、山下康裕選手と激闘を繰り広げたあの選手である。ラシュワン選手は、右足に重傷を負いながら決勝に出場した山下選手の「弱点」を攻めることなく正々堂々と戦い、敗れはしたものの、世界の称賛を浴びた。
 このラシュワン選手を講道館で指導したのが岩釣さんなのである。岩釣さんは、愛弟子ラシュワン選手に、ただ技術のみならず、「武士道」や「惻隠の情」など、わが日本の誇るべき精神文化をも指導したと聞く。ラシュワン選手のフェアプレーは、まさに岩釣さんの薫陶の賜物であったのだ。


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