活動報告 の記事一覧
今日は朝から某地区をまわってから、午後旧天竜市の懐山へ。そこで毎年恒例の民俗伝統芸能の懐山のおくないを観賞する。ご支援いただいている大石伝次保存会長(元天竜市議)は齢92歳でまだまだお元気だった。その後引佐町の寺野に向かう。寺野の三日堂にて寺野のひよんどりが大勢の観客の前で披露された。
その後、寺野の故伊藤信次氏(日展入選画家)邸を訪問。そこにいらした浜松文芸館の事務局次長で木下恵介記念館館長の斉藤卓さんとしばし映画談義。私が女優の高峰秀子さんの長年のファンで木下恵介監督作品の「カルメン故郷に帰る」、「カルメン純情す」、「二十四の瞳」の主題歌などについて話したら、「そんなにお若いのになぜご存じなのですか」と驚いておられた。
まあ、何を隠そうこちらは中学生の頃からSPレコードを集めているので、黛俊郎氏及び木下恵介監督の弟の木下忠司氏作曲の「カルメン故郷に帰る」の主題歌のレコードくらいは当然所有しているし、映画も結構見ている。
実は日本初の総天然色映画の「カルメン故郷に帰る」よりもその後制作された白黒映画の「カルメン純情す」の方が当時は評価が高かったようである。木下恵介監督のユーモアあふれるストーリーは本当にほほえましい。
ここまで書いて何のことかさっぱり分からない人には松竹映画のDVDを購入するか借りるかして一度ご覧になっていただきたい。



今日は朝から餅つきの会が何件かあったので出席した。どちらも何世代前から12月の30日に親戚縁者を呼んで餅つきを行っているとのこと。小学二年生の次男もきねをもってうすをついた。
夜は毎年30日夜恒例の馬刺を食べる会に出席した。今年で七年連続で出席した。この地区は特に城内後援会が強いところで、先の衆議院選挙では候補者が私も含めて四名いたにもかかわらず6割近いダントツの得票率のところであった。カラオケを歌うように言われたので、田端義夫(かえり船)、小林旭(さすらい)、橋幸夫(高校三年生、いつでも夢を)の曲を歌った。本当はもう少し古い伊藤久男や霧島昇あたりを歌いたかったのだが・・・・。
今日は朝から大いに充実した一日であった。

朝一で最初の新居町の餅つき会場へ。

次男が二番目の引佐町の餅つきの会にて生まれて初めて餅つきに挑戦

K村家の皆さんと集合写真

馬刺の会
22日は、城内実後援会女性部の恒例の年末のバス旅行があった。今回は京都日帰り旅行である。
前日関西在住の若手のみなさんとの会があったので、そのまま京都に一泊し、女性部のみなさんを京都でお迎えした。
午前11時半に金閣寺の駐車場には、バスが5台が入り挨拶をする。
昼は村田大使との昼食会があったのでそちらに行ったが、さらに午後1時半頃には再び金閣寺に戻ってきて、第二陣のバス6台を金閣寺で迎えた。
結局バス11台、約400名近い方を京都にてお迎えしたのであった。昨日と違って今日は天気も良く観光日よりであったのがなによりである。
午後はそのまま浜松によらずに、京都から東京に戻り、チベット問題に詳しい有本香、大井功両先生と夕食をともにした。大変充実した一日であった。


午前11時半頃に7号車から11号車の5台が到着。


午後1時半過ぎには、1号車から6号車が到着。
9日の朝9時半に台北市内のホテルを出発。
一行6名とともに市内の「六氏先生の墓」を訪ずれる。



その後、馬英九総統が執務している台湾総統府(旧台湾総督府)を外から眺める。この近辺は戦前からの日本の近代的な建物が多い。

続いて立法院の前にて車から降りる。たまたま台湾独立派の方々が道ばたで抗議活動を行っていた。

昼は昨晩に引き続いて蔡こん燦さん主催の食事会。「台湾料理」をごちそうになった。
14時に11日に帰国する一行と分かれて台北空港に向かう。
16時50分発の中華航空にて成田へ飛ぶ。
無事20時45分頃祖国日本に到着。東京の自宅には22時半に着いた。
(なお、前日8日の模様は後日このブログでアップする予定。)
今日は朝6時に起きて成田空港に向かう。午前10時の日本航空641便にて台湾に飛ぶ。生まれてはじめて台湾を訪れた。また、今回私にとって約4年半ぶりの外国訪問である。
城内実の台湾訪問記はまた明日このブログでアップする。
ところで12月8日というと、みなさん、今日は何の日であろうか。
本2日、衆議院選挙後の第二回の真・保守政策研究会の総会に出席した。なお、本会の会長は故中川昭一先生の遺志を継がれた安倍晋三元総理、最高顧問にはわが無所属会派「国益と国民の生活を守る会」の会長の平沼赳夫先生が務めておられる。
今回の講演会の講師には、第一回の中西輝政先生に続いて、櫻井よし子先生に来ていただいた。東アジア共同体構想をはじめとする民主党政権の中国に対する幻想および、わが国の対中国外交のあり方、さらにはチベットやウィグル少数民族問題という中国国内の直近の重大な人権侵害案件についてオバマ大統領が一切言及しなかったという国際社会の厳然たる事実などについて大変分かりやすく説明してくださった。
また、後半部分で在日外国人の地方参政権の問題について、櫻井先生よりかなり詳しい説明があった。いうまでもなく、私は従来から一貫して在日外国人の参政権問題については反対の立場である。
なお、明3日に議員会館周辺で反対派の抗議活動があるというので、それに参加する予定である。
いずれにせよ、保守再生というかげ声も大事かもしれないが、右と左のイデオロギーを越えて祖国日本が早くまっとうな独立国になることを望むばかりである。
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11月17日(火)の法務委員会で人権救済機関に関するする質問を行いました。
その模様を「活動報告動画」にアップしました。民主党が考えている人権侵害救済法案は、四年前の自民党政権時代のもの以上に日本解体につながる危険な中身となっております。私は郵政米営化売国法案と同様に体をはってこのような「人権侵害糾弾特高法案」の導入に反対します。
(民主党が構想する危険な人権救済機関は不必要だ!!と思う方もそうでない方も「 政治ブログランキング」へのクリックよろしくお願いします!!)
11月12日(木)は、天皇陛下御即位二十年をお祝いする日である。
午前中は国会見学はじめ、さまざまな案件を議員会館内にてこなす。
午後12時に平沼赳夫先生の事務所にて無所属会派「国守の会」の定例会を開く。
午後12時50分に衆議院の正門に集合する。そこからバスで国立劇場に移動する。
午後二時より、御在位満二十年記念式典が開催された。これは内閣総理大臣鳩山由紀夫氏が式典委員長として主催したものだ。
次々と挨拶があった。なかなかすごいメンバーであった。
開式の辞:菅直人(民)、式辞:鳩山由紀夫(民)、祝辞:横路孝弘衆議院議長(民)、江田五月参議院議長(民)、竹碕最高裁長官などなど。私の後援会長の太田誠先生も来て下さった。
式典の最中にシューベルトのピアノ三重奏をはじめ、最後に皇后陛下作曲の「星の王子の・・・・・」という曲を聴くことができた。
午後4時20分にバスが議員会館前についた。今度はこのバスにのり皇居前の国民祭典に参加した。内閣総理大臣以下各界の著名人が挨拶を述られた。EXILEの天皇陛下御即位二十年奉祝曲も大変すばらしかった。
その後6時40分頃に天皇陛下及び皇后陛下が二重橋におたちになり、お言葉をちょうだいした。
寒い中ずうっと出席してきたことを心配され、われわれ約3万人に対する陛下のありがたいお言葉は一生忘れないだろう。
国民祭典終了後すぎやまこういち先生主催の夕食会に参加した。すぎやまこういち先生が応援歌を作った松原仁(民)、稲田朋美(自)、城内実(無)の、いずれも小選挙区で勝ち抜いた衆議院議の他に渡辺周総務副大臣も来て下さった。いろいろなことについて意見交換した。
今日、大変有意義な時間をすごすことができた。心より感謝申し上げる。

昨日11月9日はベルリンの壁崩壊から20周年の記念すべき日であった。平成元年、西暦にして1989年は私にとっても思い出深い年である。と同時に、20世紀の歴史が大きく動いた最も重大な年のひとつであった。
年が明けて昭和64年になってまもなく、先帝陛下の崩御という国民いちどうにとって大変悲しむべき出来事があった。当時外務省の入省内定者であった私は外務省内に設けられた大喪の礼準備室にて各国元首級の弔問の調整にささやかながらお手伝いさせていただいた。(奇しくもその時私の父は警察庁警備局長として大喪の礼の警備にあたり、その後の今上陛下の即位の礼も担当させていただいたのであった。)
同年4月に私は外務省に入省する。ほどなくしてドイツ語研修組として翌年の夏における西ドイツアウグスブルク大学への留学が決まった。その年のまさに11月9日に東ドイツのギュンター・シャボフスキー報道官によるプレスの前でのたったひとことの移動の自由が許可された旨の発言により、東ドイツ当局の思惑に反していっきに壁が崩れたのであった。
東ドイツ共産党機関誌のNeues Deutschlandの論調が11月上旬から12月末にかけて大きく変わったことが今でも記憶に残っている。
子供の頃私は西ドイツの小学校に通っていたが、よもや西ドイツと東ドイツが私がまだ20代の内に統一するとは夢想だにしなかった。よくて私が年金生活をおくるか最後の外務省のポストの時に実現するかどうかと思っていた。
歴史というものはに少しずつ、漸進的に動くのが常であるが、過去の歴史を振り返ると断層的に一気に大きく動くことがよくある。そう考えると今の民主党政権が数年後には大きくさまがわりしているかもしれない。
これからの時代は何が起きてもおかしくないだろう。だからこそ今のうちにくだらない右や左のイデオロギーをこえて本来あるべき日本国及び国民の使命についてじっくりと考えるべきではないだろうか。
今日はひげの隊長こと佐藤正久参議院議員の代理で急遽札幌に行き一時間ばかり講演をした。民主党、自民党の両党を本音ベースで痛烈に批判したところ、講演終了後ブーイングがあるかと思ったが、拍手喝采であった。驚いた。
国民、市民はマスコミで報じられているようなおきまりのきれいごとを聞きたいのではなく、情報過多の時代にあって「本音」や「真相、真実、裏話」に飢えているのだなと改めて痛感した。
講演の中身をほんの少しで披露する。
自民党批判:「経団連やマネーゲーム第一のひとたち(ライブドア、村上ファンドなど)の桁違いの政治献金に目がくらみ、これまで自民党に対して長年にわたりこつこつと票とカネを貢いできたお得意様の中小零細企業、個人商店、郵便局長会、医師会、建設業界、農協などを簡単に切りすて、文字通り恩を仇でかえしたことが衆議院選挙の惨敗の原因である。すなわち、小泉・竹中構造カイカク路線に対する国民の審判がくだされたのだ。にもかかわらず構造カイカク路線をきちんと総括せず、民主党のあげあしとりを試みるようではまだまだ反省が足りない。こんな状況では自民党の再建どころか、近い将来野党自民党から与党民主党への脱出組が出てくるであろう。」
民主党批判:「政治主導といいながらまるでソ連共産党、朝鮮労働党のごとき独裁的な党主導型路線になりつつある。わが国は確かに議院内閣制をとっているが、憲法において三権分立の原則がうたわれている。したがって、立法府と行政府はまがりなりにも独立しているはずである。しかるに、民主党は与党第一党というだけの理由で、行政府を完全に掌握せんとしている。例えば、与党民主党の国会での質問を極力排除し、行政府側の官僚の答弁を禁止し、地方の陳情を党の幹事長室に一元化しようとしている。かくのごとき行為は三権分立の原則に背馳していないだろうか。」
みなさんからの率直なご意見をお待ちしている。







