国家国民のため 信念を貫く男

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★活動報告★ 「ゴー宣道場」に参加!(写真付)

★活動報告★ 「ゴー宣道場」に参加!(写真付)

 本日、午前11時の浜松市水防演習に出席後、12時10分浜松駅発の新幹線に飛び乗り東京に向かう。漫画家の小林よしのり先生が主宰されておられる「ゴー宣道場」に参加するためである。
 小林先生いわく、ゴー宣道場とはたんなる世論を越えた「公論」を道場に集まった参加者たち皆で作っていく場であるとのこと。第3回目という今回も抽選で運よく選ばれた100名ほどの参加者が東中野の骨法道場に集まり、会場はまさに熱気に包まれていた。この日のテーマは「日本の政治に未来はあるのか」。スペシャルゲストはなんと小林よしのり先生の画期的な政治家対談集『希望の国日本』にも登場されておられる原口一博総務大臣である。
 この日の模様は今後の『SAPIO』で小林先生自ら紹介されるので詳細は省くが、私は、リベラルのどちらかというと左派の方が重要視される1.個人主義(=個人の権利、自分だけの幸福、自己実現、離婚する権利、選択的夫婦別姓、外国人の地方参政権等々)と6.世界平和(憲法9条)との間にある2.身近な家族やご先祖様を敬う心、3.お隣りさんをはじめとする地域共同体を大切にする精神、4.ふるさとを愛する心、5.祖国日本を愛する心という価値観の大切さについてあらためて申し上げた。原口大臣が指摘されたように相手を排除しないことはもちろん大事であるが、さらにわれらが太陽神の天照大神様の精神でやさしく包み込む日本人の伝統的な素晴らしい特性についても述べさせていただいた。
 会場からは多くの質問をいただいた。きちんとお答えできなかったかもしれないが、小林よしのり先生をはじめ主催者の方々、日本武道傳骨法會の方々、そして暑い中集まってくださった参加者の皆さま方に厚く御礼申し上げる。
 いずれにせよ、小林先生の著書『希望の国日本』ではないが、真摯に日本の未来を考えている本日参加の皆さまのような方や、あるいは今日の午前に地元浜松で水防の演習に参加された水防団の皆さま、自衛官、警察官、消防隊、消防団、地域ボランティアのような強い公共精神をもった方々がいる限り、日本の将来はやはり希望に満ちていると再認識した次第だ。このことを原口総務大臣に直接申し上げたところ、全面的にご賛同いただいた。
 これからも身を粉にして世のため人のために頑張らなければならないと感じた次第である。
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会場からは本当に大きな反響をいただいた
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★活動報告★ 第二回FRIENDLY MATCH 2010に出場!

 5月21日(金)、サッカー親善試合「第二回FRIENDLY MATCH 2010」に出場した。アフリカ大陸で史上初めてサッカーワールドカップ南アフリカ大会が開催されることを記念して、アフリカ大陸21カ国の大使館連合「駐日アフリカ大使チーム」と超党派議員30名で結成した「国会議員チーム」とが対戦。なんとあこがれの国立競技場でプレーした。
 私は、背番号12を付け、前後半計60分フル出場を果たした(ちなみに6年前の第一回対韓国議員戦でもフル出場している)。
 試合は、元Jリーガーの民主党・友近聡朗参院議員の4得点の大活躍もおよばず、残念ながら4対7で敗れてしまった。この雪辱を晴らすべく、本物の日本代表には是非、来月14日の初戦カメルーン戦で頑張ってほしいものである。
 いずれにせよ、天気(快晴、気温29度)にも恵まれ本当に良い親善試合となった。次回も是非参加したいと考えている。
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★活動報告★ 4月28日(主権回復記念日、写真付)

 4月28日は何の日がご存じであろうか。
 そう、昭和27年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効して、米軍(注)による占領が終わった日である(注:米ではなく、あくまで米である)。
 わが国が敗戦後アメリカの占領から部分的なりとも解放され、真の独立国へと一歩踏み出した記念すべき日なのである。
 今日の主権回復記念日国民集会では、4月28日を国民の祝日に制定すべきだという基本方針が繰り返し訴えられた。しかし、同時に私が大変尊敬している萩生田光一前衆議院議員が本集会で述べておられたように、ただ祝日を制定するのではなく、時間がかかっても良いから国民が主権回復記念日を含めてその意義を十分理解する必要があるとの見解は全くそのとおりである。
 本日の司会は拓殖大学日本文化研究所顧問の井尻千男先生が務められ、私が学生時代からご指導いただいている東京大学名誉教授の小堀桂一郎が世話人を代表して挨拶された。
 本会は第一部と第二部の二部構成で、第一部の登壇者は、埼玉大学教授の長谷川三千子と拓殖大学教授の遠藤浩一の両先生、そして国会議員は、平沼赳夫先生はじめ、衛藤せい一(参、自)、山谷えり子(参、自)、西田昌司(参、自)、稲田朋美(衆、自)、中山成彬(前衆、無)、萩生田光一(前衆、自)、赤池誠章(前衆、自)、林潤(前衆、自)の各先生であった。
 第二部はパネルディスカッションであり、中山成彬、萩生田光一、稲田朋美、長谷川三千子、遠藤浩一の各先生及び私の六人で行った。
 本日の集会に参加したのは、これで四回目であるが(注:外務省時代、自民党議員時代、落選中、今回の四回)、これまでになく大変有意義な会であった。とにかく時間はかかるかもしれないが4月28日を国民の祝日にしたいと思う。
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(恩師小堀桂一郎先生が登壇)
平沼赳夫先生
(われらが平沼赳夫先生が登壇。ちらしなどに名前が印刷されていた亀井静香先生が急遽不参加となったのは残念である。)

★活動報告★ 3月5日(金)

 今日は朝9時から文部科学委員会に出席した。高校の無償化問題について各人から文部科学大臣はじめ政府三役に対する質問が行われた。
 来週文部科学委員会で質問することになった。教育問題、特に高校無償化のさまざまな問題(例えば北朝鮮系の朝鮮高等学校をどうするかの問題)、スポーツや文化の振興などについて自分の意見を述べるとともにいろいろ政府の考え方を問いただしてみたいと思う。
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◇ コ ラ ム ◇ お疲れさまでした

 今日は朝から文部科学委員会はじめ、昨日なみの日程。
 さきほどやっと浜松の自宅についた。
 昨日同様に長い一日であった。
 一週間ぶりに家に帰るとなぜか9歳の長男8歳の次男が少し成長しているように見えた。
 錯覚だろうか。みなさんもこんな経験ないだろうか。
 みなさん、今日も一日お疲れさま。
 追伸:ところで気がついたことひとこと。民主党のみなさんは、企業団体献金の禁止をうたっておられるが、「企業団体労働組合」献金禁止といっていただきたいのだが。労働組合のみなさんも権力にすりよらないと信じている。

★活動報告★ 2月16日(火)ー17(水)(写真付)

 16日(火)の夕刻に沖縄の那覇市にて前回の衆議院選挙で惜敗された國場幸之助さん(沖縄1区自民党、惜敗率81%)の後援会の会合があり、特別講師として東京からANA便にて沖縄に出向いた。
 恥ずかしながら生まれてはじめて沖縄の土を踏んだ。私は自民党議員ではない。でも、國場さんが昨年12月以来、三回にわたり東京の議員会館に私が不在中に足を運んで下さり、また丁重な手紙もいただいて講師として是非沖縄に来て欲しいと頼まれたので、今回重い腰をあげて沖縄に行った。そもそも國場さんは、自民党系の候補者であるのに、なぜ私のような無所属議員に声をかけてくださるのかと不思議に思った。
 私は、未だに昨年夏の真鍋かをりポスター事件がどうだとか、X氏と会って小沢一郎問題について意見交換したことが国策捜査の検察の手先でけしからんとか、私の父が神奈川県警本部長時代(?)に暴力団やら朝鮮総連やらオウム真理教やらとつながって國松孝次警察長官狙撃事件に荷担したとか(全く意味不明。なお、國松孝次さんは私の後援会副会長。)インターネットの工作員(?)の誇大妄想の情報をうのみにする匿名やらHNゲストのみなさんから次の選挙は落選確実と言われている、明日の我が身はどうなるかわからない、しがない野党系の無所属議員なのである。
 だからこそ、他人様の応援をするくらいであったら、次の選挙は本当に危ないので地元の静岡七区の地盤を固めないと失職(=落選)してまうわけである。前回の佐渡訪問を最後に、東京と浜松の地元以外に行くのはやめようと固く決意したのである。
 それでも、國場さんの心温まる手紙に、義理人情を重んじる城内実は不覚にも動かされてしまった。ちなみに、私の本会議の左隣の席は、國場さんの対抗馬の沖縄1区の現職の国民新党の下地幹郎先生であり、親しくさせていただいでいる。
 沖縄に行ってはじめて國場幸之助さんに会ってみたら私よりも8歳近く若いが、本当にまじめな良い青年(?)であった。永住外国人の参政権問題をはじめ国家解体法案について良く勉強していた。沖縄は左派勢力が強いだけにあまりにも全面に保守的な思想は出して大丈夫なのかとこちらが心配してしまったくらいである。ちなみに、沖縄県には保守系の野党国会議員は衆参あわせて島尻安伊子参議院議員(自民党)を除いて他の5人はいずれも与党民主党系の議員である。 
 國場さんを励ます会の懇親会の冒頭「かぎやで風」を生まれてはじめて体験した。
 17日の朝に那覇空港をたち、とんぼがえりで東京に着いた。午後3時から民主党の鳩山由紀夫総理と谷垣自民党総裁の党首討論があった。やや谷垣総裁の追求が甘かったのでがっかりした。
 午後4時には古屋圭司先生の依頼で「創生『日本』」のオフィシャルサイトをつくるために、この私のHPとブログを格安で作成してくださっている「フーリエ」のQ氏が議員会館に来た。
 夜は自民党の松山政司参議院議員のお誘いで漫画家の小林よしのり先生との夕食懇談会に参加させていただいた。途中9時過ぎに5年前に私の呼びかけで一緒に自民党法務部会で人権擁護法案に反対してくれた同志の古川よしひさ氏(宮崎3区)が合流。小林よしのり先生と皇室の将来について男系維持か女系かで論争していたが、日本の国を想う熱い気持ちは共通しており、二人の絆は強くなったと思われる。
 夜10半過ぎに帰宅した。たまたま自宅にあったSPレコードをかけた。それは、沖縄出身の東京音楽学校声楽科(今の東京芸術大学)を卒業した歌手の波平暁男(なみひらあきお)の南方節(川井三吉作詞、服部良一作曲)であった。
 このレコードは終戦前年の昭和19年に吹き込み発売されたものであった。生まれてはじめて訪問した沖縄から東京の宿舎に夜帰ってきて、最初にかけたレコードが沖縄出身歌手の戦時中の沖縄南方の新民謡であった。あまりの偶然にちょっと不気味になってしまった。こんなことってあるのだな。
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かぎやで風
かぎやで風。沖縄に来たと実感しました。
ニッチク南方節
昭和19年発売のニッチク南方節。歌手は沖縄県出身の波平暁男。

★活動報告★ 佐渡にて講演会(写真付)

 2月12日(金)の夕方から一泊二日の日程で新潟県の佐渡に講演に行った。
 新潟港から佐渡の両津港までジェットフォイルという高速船に乗る。波が高いと良く欠航するらしい。フェリーだと2時間以上かかるが、これだと1時間で到着する。
 佐渡は思ったほど雪も少なく、それほど寒く感じなかった(毎朝冷水を浴びているおかげか)。
 13日(土)の朝8時半から約1時間講演をする。昼の懇親会まで時間が多少あったので、主催者の方に朱鷺(とき)の繁殖センターと佐渡金山の博物館に連れて行っていただく。
 生まれて初めて朱鷺を見た。佐渡金山も大変興味深かった。時間がなかったので十分見れなかったのが残念だった。
 昼の懇親会では有志のみなさんが私を激励するために佐渡の民俗伝統芸能の「鬼太鼓」を披露してくださった。
 午後再び船に乗って新潟港にわたり、JR新潟駅から上越新幹線で東京へ。東京から東海道新幹線で浜松に向かう。
 夜8時地元の某地区の火祭りになんとか間に合った。この日も長い一日であった。
朱鷺
朱鷺がたくさんいました。
鬼太鼓
鬼太鼓は迫力ありました。

 
 
 

★活動報告★ 1月30日(土)、31日(日)

 30日の土曜日、通常週末は地元を細かくぐるぐるまわるが、今日は伊勢神宮にお参りに行った。午後夫婦岩で有名な二見興玉神社を参拝。続いて豊受大御神(豊受媛神=とようけひめのかみ)のおわします通称「外宮」すなわち豊受大神宮へ向かう。正宮参拝後、多賀宮なども無事に参拝。
 31日の朝は4時半に起床して今度は天照大御神様の内宮を5時から早朝参拝。日の出前であったが、以外と風もなく暖かく迎えてくださった。正宮をしばし参拝後、荒祭宮など主要なところのみ参拝。6時には、内宮を後にして名古屋空港に向かった。 内宮では、一、天皇陛下及び皇室のいやさか、二、神国日本の繁栄、三、世界人類が平和でありますように、といういつもの三つのお祈りをしたが、今年はさらに、「戦後65年を経た本年(平成22年)においてわが国の政治の流れが大きく変わり、国家国民が日本民族の使命に覚醒し、平成維新元年となりますように。」と強く念じたのであった。
 昨年まだ工事中であった宇治橋が新しくかけかえられていて気持ちが良かった。海外生活10年近くにわたり、帰国子女で過去の一時期外国かぶれであった城内実が「日本人で本当に良かった」とつくづく感じる瞬間である。
 8時15分発の日本航空便で秋田に向かった。11時から大仙市内にて講演を行う。講演終了後13時50分発の羽田行き便に飛び乗る。秋田は母方の祖父のふるさとであり、私の体には四分の一秋田(湯沢)の血が流れている。
 このブログは新幹線の中で書いている。これから浜松駅に着いて、さらに1時間以上かけて天竜区の奥の某地区へと国政報告会に向かう。
 本当にながい一日になりそうだ。
二見興玉神社
この日の夜夫婦岩の間に満月がのぼったそうです。
内宮
早朝前なので暗い。
秋田に「あっ来た!」
秋田に「あっ来た!」という感じの雪でした。

★活動報告★ 1月18日(月)通常国会始まる(写真付)

 1月18日より、第174回通常国会が始まった。前日の夜に浜松から東京へ新幹線で移動。
 18日の朝は5時に起きた。家を7時半頃に出て徒歩で議員会館に向かう。通常国会の初日だけは、衆議院の正面玄関から入って名刺を渡してそこに設置してある議員の名前が書いている掲示板のボタンを押すことになっている。
 8時頃に正面玄関に入ってボタンを押した。受付で名刺を受け取った衆議院の事務局の方に、すでに何人くらいの議員が登院されたのですかとたずねたら、あなたが今日一番で登院したといわれた。
 8時過ぎで私が一番乗りとは驚いた。選挙直後の初登院では、待ち受けるテレビ局のカメラを意識してか早朝から一番乗りをめざす当選議員が何人かいる。しかし、今回は閑散としていた。私だけ気合いを入れすぎたのであろうか。
 その後、議事堂内の中央食堂に行き朝定を食べたことはすでに先日のブログに紹介した。一番乗りは気持ちがいいものだ。さい先の良いスタートを切ることができた。
 そういえば、戦中の軍事歌謡としてレコード各社から発売された、「戦友の遺骨を抱いて」という曲があった。その歌詞は「いーちばんー、乗りをやるんだと・・・・」という歌詞である。一番乗りも良いがこれから黙って日本の政治の流れを変えていきたい。
名前一
名前二
   

★活動報告★ 1月3日(日)(写真付)

 今日は朝から某地区をまわってから、午後旧天竜市の懐山へ。そこで毎年恒例の民俗伝統芸能の懐山のおくないを観賞する。ご支援いただいている大石伝次保存会長(元天竜市議)は齢92歳でまだまだお元気だった。その後引佐町の寺野に向かう。寺野の三日堂にて寺野のひよんどりが大勢の観客の前で披露された。
 その後、寺野の故伊藤信次氏(日展入選画家)邸を訪問。そこにいらした浜松文芸館の事務局次長で木下恵介記念館館長の斉藤卓さんとしばし映画談義。私が女優の高峰秀子さんの長年のファンで木下恵介監督作品の「カルメン故郷に帰る」、「カルメン純情す」、「二十四の瞳」の主題歌などについて話したら、「そんなにお若いのになぜご存じなのですか」と驚いておられた。
 まあ、何を隠そうこちらは中学生の頃からSPレコードを集めているので、黛俊郎氏及び木下恵介監督の弟の木下忠司氏作曲の「カルメン故郷に帰る」の主題歌のレコードくらいは当然所有しているし、映画も結構見ている。
 実は日本初の総天然色映画の「カルメン故郷に帰る」よりもその後制作された白黒映画の「カルメン純情す」の方が当時は評価が高かったようである。木下恵介監督のユーモアあふれるストーリーは本当にほほえましい。
 ここまで書いて何のことかさっぱり分からない人には松竹映画のDVDを購入するか借りるかして一度ご覧になっていただきたい。
懐山のおくない?
懐山のおくない?
寺野にて