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2009年12月の記事一覧

 本21日は京都の豆腐料理の豆水楼祇園店にて若手のみなさんと日本の将来について意見交換させていただいた。みな憂国の士である。日本の行く末を彼ら彼女なりに真剣に心配しているのだ。
 こういうひとたちはどちらかというと少数派である。私は次のように語った。「みなさんはある意味で変人だ。城内実も坂本龍馬も少数派ゆえに『変人』だった。今回、地元の京都だけでなく、大阪、神戸、滋賀からわざわざ高い交通費を払ってこの会場に集まったみなさんも同じである。だが一国の存亡の危機にあたっては、たった一握りの一般大衆ではない『変人ないし少数派』が歴史を変えるのである。これからがスタートだ。まずは力をあわせて行動を起こすことが肝要である。今回の会合でご縁をいただいたみなさんとは今後とも連携しようではないか。」
 それにしても今日訪れた京都東山区の豆水楼祇園店の近くに坂本龍馬のお墓があると聞いて驚いた。偶然にしてもできすぎである。
 会の最後に関西城内塾が発足した。来年二月には講師をお招きして第一回の会合を開催する予定である。講師には私のあらゆる人脈をすべて駆使して当代一流の先生をお招きしたいと考えている。会費は0円(ただし募金箱あり)。さしあたって、私が尊敬している京都大学の佐伯啓思先生、中西輝政先生などどうだろうか。また、大阪在住の大阪大学名誉教授の加地伸行先生などはなんども浜松の城内実後援会の会合に来て下さっている。櫻井よしこ先生、西部邁先生、小林よしのり先生などもお時間があったら講師にお招きしたい。保守系だけでなく、リベラル派に属する知識人の方にも来ていただきたい。関西城内塾については、年4回くらい開催したいと思う。
 実現するかどうかはみなさん次第である。真の熱意があれば着実に実をを結ぶのである。私も熱意と信念があったからこそ二世議員でもなく、民主党、自民党系でもないのに今現在国会議員をやらせていただいているのだ。松下政経塾ならぬ城内塾を立ち上げてそこから政治家を育てていこうではないか。20年30年の将来を見据えて「後に続くを信ず」が私のライフワークである。
 今日出席した関西城内塾のみなさん、コメント欄に今日の感想を書いていただければ幸甚(ただし、基本は20行以内。投稿は二回まで。それを越えた方は自動的にスパム扱いされます。)。お待ちしている。
関西城内塾

 
 

 今日は夜京都にて学生さんの前での講演がある。現在このブログを新幹線の中で書いている。
 講演のテーマは「日本の政治の行方」。
 今年の政治のキーワードは政権交代だったが、来年以降は「政界再編」。
 懇親会では若者たちと大いに明日の日本の将来について語る予定である。
 坂本龍馬の精神で平成大維新を同志とともに成し遂げていきたい。

 

 明日は外務省の大先輩で私が大変お世話になった村田良平元外務事務次官(元駐米大使、駐独大使)と京都市内でお会いする予定である。民主党政権の外交姿勢や今後の日米関係のあるべき姿などについてご意見をたまわりたいと考えている。

 選挙が終わってから3ヶ月半近くたった。今日は選挙の時にボランティア軍団(城内実後援会の正規軍のみなさんとは異なる別働のゲリラ部隊)としてあの猛暑の中で手伝ってくださった地元ボランティアのみなさんの一部の方が忘年会を開催してくださった。
 忘年会の中でみなさんといろいろと意見交換をした。その結果、来年の2月頃に神奈川の「湘南」某氏を含めて全国から応援にかけつけてくださったボランティア軍団のみなさんを対象に一泊二日の日程で第一回城内実全国ボランティア総会をやろうということになった。第二回目以降はたとえば関西または北海道、九州と全国の点在する城内実後援会の拠点に移動していくのはどうだろうか。お越しになれる方なれない方いらっしゃると思うが。
 いずれにせよ、長らくのびのびになった遠州城内塾も2月のボランティア総会には共催でやりたいと思う。また、第二回東京オフ会(第一回東京オフ会にはインターネットの呼びかけに約100名の方が参加。)も来年の春頃までには開催する予定である。
 いずれにせよ、今後とも全国の城内実応援団のみなさんのご支援をたまわりながら、全力で政界再編に向けてがんばってまいりたい。
ボランティア忘年会一
忘年会二

 昨日東京の支援者のFさんとそのお知り合いの方に夕食会にお招きしていただいた。Fさんいきつけの店はかなりこっっており、ふな酒という珍しいお酒を飲ませていただいた。
 私もかなりこだわりがある方だが、これからの時代は「こだわり」と「ほんもの」であると思った次第である。
ふな酒その一
ふな酒その二

 冬場になると真空管アンプの放つ熱で部屋が暖かくなる。まさに暖房代わりだ。9年ほど前に東京の築40数年ほどたったアパートの6畳の部屋で夏場に真空管アンプを三つ使ったら(McIntoshのC20,MC30×2)部屋の温度がどんどんあがってしゃれにならなかった。汗をかきかき昔のレコードを聴くのも命がけだ。
 戦前の日本の流行歌を聴くのも楽しいが、昨日紹介した50年ほど前の外国製のオーディオ機器で昭和の初めの頃の洋盤を聴くのもまた格別である。
 戦前の日本ではアメリカを中心とする洋楽の盤がかなり発売されており、国会議事堂の近くにあった太陽レコードが発売していたラッキーレコード(Lucky Record)は米国のブランウンズウィック(Brunswick)のジャズを次々と世に出していた。ビング・クロスビー、フレッド・アステア、ハル・ケンプ楽団、エディ・コンドン、デューク・エリントン楽団、ミルス・ブラザーズ、フレッチャー・ヘンダーソン楽団、リズム・レッカーズ、ガイ・ロンバード楽団、グレン・グレイ楽団などである。なにもスイート・ジャズといえば、グレン・ミラー楽団(米ビクター)やベニー・グッドマン(米コロムビア)だけではないのである。ラッキーレコードはその後、太陽レコードから日本コロムビアに移って、そこから発売された。
 ラッキーレコードの中で私のおきにいりは、黒人のトランペット奏者であり歌手のヘンリー・”レッド”・アレンの音盤である。特にレッド・アレンのThe Merry Go Round Broke Down(メリーゴーランドは壊れ)は最高傑作ではないかと思う。新品同様の盤を所有しているが、大事に聞いている。
 それにしても、日本がアメリカと戦争する直前までかなりの数のアメリカのレコードが日本のレコード会社を通じて発売されたという事実などは今の日本人もアメリカ人も知らないのではないかと思う。戦前の日本人はアメリカ映画を含めてこよなくアメリカ文化を愛していたのである。シャーリー・テンプルが”テンプルちゃん”と呼ばれて、和製テンプルちゃんもいたし、私も日本コロムビアで和製ベティ・ブープが歌っている珍盤など所有しているが、大陸で戦争をしていたのにこんなにおおらかに欧米調のレコードを次々と発売したのである。
ガラード301
戦前のジャズは蓄音機よりもやっぱりガラード301、オルトフォンのSPU(CG65 Di MKII)とマッキントッシュC20、MC30の組み合わせが最高ですね。
ラッキーレコード(太陽レコード)
太陽レコードから発売された初期のラッキーレコード。
ラッキーレコード(日本コロムビア)
日本コロムビアに移行した後のラッキーレコード。音は米国製のブラウンズウィク盤よりも良いとされている。
 

 長年使っていたオーディオ機器が使えなくなってほうっておいたので約10年ぶりに修理した。これらは今から50年ほど前のものである。
 プレーヤーに関しては今回昔からのあこがれのガラード301を購入した。本当は初期型のハンマートーン(銀色)が欲しかったのだが、予算的に厳しかったので(値段は約2倍)、後期型アイボリー(白色)の方にした。
 カートリッジはSPレコード蒐集の世界では大御所のTK師匠のおすすめで今回lこれまで使っていたソノヴォックスからオルトフォンに変えてみた。レコード針を変えるだけでこれだけ100?50年前のSPレコードの音が鮮明によみがえるのかと思うほどすばらしいものであった。SPUのヘッドシェルも高級感があって良い。もっと前から使えば良かったと後悔した次第である。
ガラード301
ガラード301。アームはオルトフォン。
オルトフォン
このヘッドシェルが醸し出す高級感は最高。
C20
C20の初期型。修理にだしたら見違えるようになった。
MC30
MC30はモノラルが主流の時代だから2台でワンセット。
全体
スピーカーはJENSEN。

12日(土)の夜10時頃に浜松の自宅に戻って遅い夕食をとっていたら、櫻井よしこ先生から携帯に電話が入った。14日(月)の朝8時に台湾の民進党の党首の蔡英文女史から朝食会に誘われたので、もし良かったら城内さんもどうぞと言われた。
 選挙で大変お世話になった櫻井よしこ先生からのお誘いとあっては、断るわけにはいかない。習近平中国国家副主席の訪日問題で月曜日には急遽上京することにしたので、朝も早いので前日の日曜日に予定を変更して新幹線で東京に向かった。
 会談において、私より、「小沢一郎民主党幹事長が同氏の側近と中国の国家主席と会談した先週、城内実は台湾の李登輝元総統を台北でお会いし、習近平中国副主席が訪日する日にあえて台湾民進党の蔡英文党首にお会いできたことは極めて光栄。これでおそらく城内実は中国とわが国民主党の幹事長室のブラックリストにのったと思われる。」と述べた。それに対して、蔡英文先生は、「城内さんの行動が正しかったことは、必ず将来歴史が証明する」と述べられた。
 朝食会の冒頭安倍晋三元総理も出席されたいたしたが、8時半にはタイ訪問のために中座して成田空港に向かった。
 わが方のそれ以外の出席者は、櫻井よしこ先生、田久保忠衛先生、稲田朋美衆議院議員、城内であった。
 いずれにせよ、台湾はわが国及び米国の戦略上極めて重要であるのみならず、おおむね親日的な数少ないアジアの国にである。このような台湾と今後関係を強化していかねばならない。
200912140926000.jpg

 本14日、午後2時半より天皇陛下の「政治利用」問題について各種議員連盟に平沼赳夫先生とともに出席した。いてもたってもいられないので国会が閉会中であるにもかかわらず急遽前日から上京した。
 それでも、浜松日程があるため、午後4時03分発の東京発のひかり号にのらないといけないので、午後4時からの記者会見には残念ながら出席できなかった。(ちなみに安倍晋三元総理とは、朝ある朝食会にご一緒させていただいたが、そのままタイへ向かわれたので午後の会合には出席できなかった。)
 一連の会合は自民党を中心とするものであったが、こんなに重大事件にもかかわらず、たった10数名しか自民党から集まらなかったのは今の自民党の鈍感なまでの危機意識のなさを感じた次第である。
 いずれにせよ、とんでもないことになった。良識ある国民の党派を越えた平和的な抗議行動を望む次第である。 
抗議の会合1
抗議活動2

 予算規模と国債発行額に関する質問主意書の回答がかえってきた。
その回答は以下のとおり。なんか答えになっていないのだけれど・・・・。

内閣衆質一七三第一五二号
  平成二十一年十二月十一日

 

                               内閣総理大臣 鳩山 由紀夫

 

衆議院議長 横 路 孝 弘 殿

 

 衆議院議員城内実君提出予算規模と国債発行額に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

 


 衆議院議員城内実君提出予算規模と国債発行額に関する質問に対する答弁書

 

一について
  政府としては、経済財政運営に当たっては、計量経済モデルによる分析も活用しながら、予算の総額のみならずその内容を精査した上で、政府経済見通し等において、経済の姿をお示ししてきているところである。

 

二について
  政府としては、国債に対する信認を確保していくことは重要であると認識しており、今後の経済財政運営に当たっては、持続的な経済成長を実現しつつ、将来世代に負担を残さないために、成長力強化と財政規律の両立を図る必要があると考えている。

 

三の1について
  長期金利の水準は、経済状況等の様々な要素に影響を受けることから、財政状況と長期金利との関係について、一概に過去と比較して論ずることはできないと考えている。しかしながら、一たび財政の持続可能性に対する懸念が高まれば、長期金利が急激に上昇するおそれがあり、ひいては、経済や財政に悪影響を及ぼすことになる。政府としては、持続的な経済成長を実現しつつ、将来世代に負担を残さないために、成長力強化と財政規律の両立を図り、国債の発行を極力抑制する必要があると考えている。

 

三の2について
  政府としては、三の1についてで述べた考え方等に基づき、債務残高の対国内総生産比が主要先進国中最悪の水準にあるなど、極めて厳しい我が国の財政の状況について、国民に対し適切にお伝えしてきたところである。

 ブログのコメント欄に、一ヶ月ルールをアメリカ大統領が破っている前例があるから何が悪いのだというような書き込みがあったが、具体的な事例を是非教えて欲しい。
 ちなみに、今回訪問する要人は決して中国の元首ではない。せいぜい中国共産党のナンバースリーのお方である。私が世界190カ国の元首であれば、「なんで元首でもない要人にそんなに厚遇するのか理解に苦しむ」と感じるのだが。
 小沢幹事長の訪中と全く関係ないととても思えないのだが、みなさんどう思われるか。

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