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2008年11月の記事一覧

 今日ある地区の秋祭りに行ったら菊の品評会も同時に行われていた。
ハウス内
地元のみなさんが丹精込めてつくった、大菊の厚物、管物がところ狭しとならぶ。
特等賞
品評会で特賞の作品。三段仕立て(天>地>人を表す)。
明治天皇
菊の色といえば白か黄色が定番だが、これは明治天皇が好んだ菊といわれている。
 帰りかげに、白と黄色のすばらしい菊を二鉢いただいた。明日事務所にきれいに飾る予定。洋菊も良いが、やはり日本には和菊の方が風情があってにあう。
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 今日の朝はQ地区後援会連絡所の事務所開きに参加。その後「萩」にてかまあげうどんを昼に食べる。そのお店にお客として来ていたPさんより、浜名湖でとれた天然うなぎがあるのであげるよと言われたので、夕方事務所のX君がお宅をおじゃまし、うなぎをさばいたものを5パックほどいただく(なんと約25尾分!)。
 浜松でも浜名湖産の天然うなぎは本当に珍しく、天然うなぎを出すうなぎ屋さんも数件しかなく、おそらく全うなぎの消費量の0.1%以下しかないのではないだろうか。それだけ貴重な存在である。
 今日の夕飯は珍しく自宅で。もちろんおかずは天然うなぎ。お米は棚田で天日干ししたもの。今日も大変おいしい食事にありつけた。
うどん
かまあげうどん(こういう素朴で原始的な料理がうまい。)
天然うなぎ
天然うなぎの白焼き(これで一尾分。鮫皮でおろしたての本わさびがないのが残念!!妻はしょうゆをかけたが、なにもかけずにそのままわさびで食べた方がうまい。)
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 西鹿島の「えびすや」のたいやきはなかなか美味である。この日(11月某日)は光明山で店開き。五個買った。しっぽまであんこが入っていた。はぐはぐ食べる。なにか子供のころに帰った気分。
 オバマ氏がアメリカの大統領に選ばれた。これで日本をはじめ世界中に格差と不幸をまきちらした新自由主義経済にとどめがさされた形になった。もっとも、アメリカの金融危機ですでに新自由主義経済の幕は閉じた。でも日米関係はそう変わらないだろう。日本人が日本の本来果たすべき「使命」について気がつかない限り。
 人それぞれであるが、私は「株」という紙切れの価値が上がったり、下がったりすることに一喜一憂するよりも、たいやきのしっぽにあんこが入っているかいないかに、一喜一憂する人間である。
 なぜか。蕪(かぶ)、じゃなかった、株券は食べられないが、たいやきは食べられる。うまい。おまけにあたたかい。だからだ。
たいやき

 先日大谷青嵐先生の書道展にうかがった。青嵐先生といえば、私の信念ロゴの文字を書いてくださった方である。文字というものは不思議なもので、その人それぞれの書き方や文字そのものによって、力強さというか、においというか、めにみえないなにかたましいのようなものが伝わってくる。
 これが、文字魂(もじたま)というものなのだろうか。不思議である。
書道展

 今日ある地区の文化祭を訪問。地元の方々が丹精込めて育てた盆栽が展示されていた。下がその写真である。日本の文化っていいなあと感じる瞬間。(城内実の夢は平屋の縁側のある家で盆栽をやりながら余生を送ること。)
200811021605071.jpg
 みごとな五葉松。ここには写っていないがいまはやりの(?)老鴉柿(ろうやかき)もあった。 
盆栽2
 小品もこうして組み合わせると美しい。小さいものほど手がかかるとのこと。

 今日も秋晴れであった。雲もほとんどなかった。今年の夏は暑かったが、ようやく過ごしやすくなった。朝の日差しを体に浴びると大変心地よい。
 太陽。おひさま。おてんとさま。ここにすべての原点がある。エネルギー、食糧、環境問題。
 前にもこのブログで書いたと思うが、「闇」(=地)は必ず「光」(=天)によって照らされ、すべてが露わとなる。「闇」はパワーがあるが、最後は「光」には勝てない。「光」も人間の目に見える「光」と目に見えない「光」があるようだ。
 世界的な金融危機の問題もそろそろ「闇」(うそ、さぎ)の部分に「光」(真実、まこと)をあてて問題解決しなければならない時がきたようだ。年次カイカク要望書も同じだ。原因には結果があり、結果には原因がある。
 われわれ「日出づる国」の民こそ太陽から受ける恩恵に改めて感謝し、秋の太陽の日差しのようにやさしくありたい。同じ土俵や次元で世界の「闇」のパワーと争っても傷つくだけである。即効性はないが、太陽の「光」のようにゆっくりと「闇」を包み込むような手法でしたたかに、だまされないように、時にはだまされたふりをしつつ、内外の諸問題に取り組むしかないだろう。
 今回、「闇」とか「光」とか抽象的な表現を使ったので、わかりにくいかもしれない。各人それぞれの解釈はどんなものだろうか。
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