このブログの読者の方から裁判員制度に対する私の立場について問われたので、以下でお答えする。
私は現在の硬直的な司法制度は大いに改革すべきだと考えているが、裁判員制度の導入には否定的な立場である。なぜなら、アメリカのような陪審員制度は、「目に見えない人と人との信頼関係」を重んじる日本の国柄や日本人の国民性にはなじまないと考えているからである。かの国では、訴訟が頻発し、乱訴が社会問題になっている。
ペットを電子レンジに入れて殺してしまった飼い主が、電子レンジ(日本製?)の取扱説明書に『濡れたペットを入れて乾かしてはいけません』という注意書きが書かれていなかったことをもって、家電メーカーに対して高額な訴訟がアメリカでおこされたという嘘のような話を聞いたことがある。こんな「いいがかり」みたいなことで裁判がはじまり、訴えられる人・会社が出てくるとは驚きである。
今の日本では普通の国民が一生の内に裁判にかかわるのはまれであろう。ところが、かの国では、離婚でも交通事故でも医療ミスでもすぐに裁判。人の不幸をどこからか聞きつけて弁護士たちが何人も売り込みに来るそうだ。「あなたの訴訟無料で引き受けます。但し、成功報酬で、裁判で勝ち取った賠償金の30%いただきます。」
なにせ、石をなげれば弁護士にあたると言われるほどアメリカにはロースクールを出た弁護士があふれている。よもやアメリカ国内であぶれている弁護士さんたちが、どっと日本に入ってきて、日本人の人の良さにつけこんで、日本人に「裁判ごっこ」をさせるために裁判員制度を導入するわけではあるまい。
日本でも法科大学院を全国各地に創設して弁護士の数をいっきに増やそうとしている。弁護士ならぬ弁護屋さんが粗製濫造されないのだろうか。また、NYにでもいる某国の親分弁護士の手先となって日本人のもめごとにつけこむような日本人弁護士が出てこないか。心配である。
そもそも日本では法律をたてにお互いが争うよりも、社会的な常識や規範でもって「事前に」話し合いで紛争を解決してきた。和をもって尊しとなす、農耕民族の民族性ともいうべきものだろうか。それに対して、欧米諸国では、紛争処理は「事後に」裁判で決着することが多い。
私が裁判員に任命されたとしても、法律の専門家でもない私が的確な判断などできるのだろうか。被害者に感情移入してしまい、感情的な判断しかできないかもしれない。そもそも、仕事をかかえて忙しい人はどうするのか。弱肉強食型の構造カイカク路線のせいで休日返上、昼夜分かたず働きずくめの中小零細企業のオーナーの方などどうするのか。子育て中の主婦は?工場で夜勤されている方は?
裁判員になれるとしたら、年金生活者の方でよほど暇で余裕のある方や、裁判が死ぬほど大好きな方くらいであろう。
カイカク、カイカクって言ってなんでもカイカクすれば良いというものではない。国民の負担が増えるばかりのカイカクはニセモノのカイカクである。
おすすめ:「喜八ログーホンモノ・ニセモノ」、「新三ログー五輪を政治利用するな!?」、「右余極曲ー『チベット問題』でなく『チベットの問題』」









私は、今の弁護士は頭だけ良いだけで、常識そして人間としての良心が欠けている気がしてなりません。例を挙げるとしたら、山口県の光市でおこった母子殺害事件の加害者の弁護団がいい例だと思います。弁護士は弱い人を助けるものだと思っていましたが、今では、弱い人たちのためではなく、自分の勝利のためにしか戦っている気がしてなりません。本当に苦しんでいる人たちのために弁護士は常識と良心をもって活動するべきだと私は考えています。
城内さんの仰る主な理由の前に、素人が刑事裁判に参加するという制度には最初から反対です。私にはなんだか怖い気がします。
どういういきさつでこの制度が導入されることになったのか、マスコミは裁判員に選ばれるのが否定的な人が何パーセントかという報道はしていますが、導入について最初からの“いきさつ”を報道して欲しいものです。アメリカの真似のようなので、またアメリカの意向がはたらいているのでしょうか。
それよりも、国政選挙のついでに行われる○×に替えて、一般国民が、裁判所の一定期間に出した重要判決について審査し、裁判官の任免に反映されるような、裁判員よりは間接的な制度を作った方がよいと思います。
私などは、我が国に終身刑ができた場合は別として、山口県光市の殺人事件に死刑を出さない裁判官は絶対×ですが。(因みに私は死刑自体に肯定的ではなく、死ぬより辛い刑だと思う死ぬまで刑務所から出られない刑があった方がよいという考えです。でも極悪人が無期懲役ではお話にならないということです。)
裁判員制度には絶対反対です。国民に十分に説明もせず勝手に制度化されています。裁判員制度は選ばれると拒否できない(個人の自由の侵害)、個人情報プライバシーの問題、被告人と裁判員、裁判員どうしの人間関係の新たなトラブルなどなどその他にもたくさんの問題点があると思います。またいやいや裁判に参加させられてふてくされた裁判員が早く裁判を終わらそうとするなど裁判がいい加減なものになる可能性もあります。世論の70%~80%は裁判員制度に反対しているのになぜ制度化されたのでしょうか?これこそ国民の意見を完全に無視した制度ですよ。「裁判員制度はいらない!大運動」という団体が裁判員制度の阻止廃案を目指して国民運動を呼びかけています。詳しくは「裁判員制度はいらない!大運動」のHPをみてみてください。6月13日にも日比谷公会堂で「2000人全国集会」を行うそうです。その他にもこれから街宣活動や集会、ネットでの広報などいろんな呼びかけ運動を展開していくようです。すでに制度化されているからもう遅いと思われるかもしれませんが、国民の声が大きくなれば絶対に裁判員制度は廃案にできるので裁判員制度の廃止阻止にむけて共に頑張りましょうとのことです。
アメリカの陪審員制度は、有罪/無罪を判断するだけですが、
日本の裁判員制度は、有罪/無罪だけではなく量刑も判断します。
アメリカのカーボンコピーではなくある意味(悪い方向に)進んだものになっています。
社会的に注目が高いものほど裁判員制度で裁かれる可能性が高いと聞いております。
果たして、いわゆる普通の市民がマスメディアなどの影響を排除して自分の考えのみで有罪無罪や量刑まで正確に判断できるでしょうか。非常に疑問です。
年次改革要望書に沿ったカイカクの波は、やはり疑問に感じます。
自分みたいな司法素人が誰が考えても白黒はっきりしてる事件にたいしては意見は述べられても多くのグレーな要素のある事件にたいして意見をのべまして裁判するなんてとても自信ないなー。
泣いて叫ばれたら同情してしまうのが人情です。
一般人に冷静な判断なんて出来るわけありません。
人を裁く。
そのとてつもなく難しく、並の人では精神的にももたないようなことをするために、裁判官は必死に勉強しているはずです。
人を裁くからにはそれなりの理由や根拠が必要で、それの大元が法律のはずです。
素人にしっかりと法にのっとった判断が下せるとは、私には思えません。
少なくとも、私には無理です。
法治国家で人を裁くのに、そこに情や周りの空気でしか判断できない人が参加していいのでしょうか?
正直理解できません。
城内先生!
トラックバックを送って頂いたようなのですが、どうもFC2は届かないことが多いようで、届いていません。すみませんです。
ところで、猫を電子レンジうんぬんの話は実は都市伝説(つまりウソ)という話を聞いたことがあります。さすがにアメリカ人でもそこまでアホではないということのようでしたが、情報元は忘れてしまいましたし(何かの本で読んだ)、その話が本当かどうかも私にはわかりません。
いずれにしろ、マクドナルドを食い過ぎて太ったからと言ってマクドナルドを訴えるような国民の多い国で、まあ猫の場合の電子レンジメーカーよりまだマクドナルドには責任があるようにも思いますし個人的にマクドナルドは大嫌いですから訴えたい気持はわかりますが、アメリカの司法制度を日本が真似するというのだけは絶対に阻止して欲しいと私も思います。
なんかとりとめないコメントになってしまいましたが・・・
この問題でも城内先生が国会で活躍していてくれたらばと思います。次の選挙では何としても勝って頂きたいものです。静岡7区の有権者のみなさんの良識に期待しています。
気になったので、ちょっと調べてみたところ、ネコの電子レンジの話はやはりウソでした。テレビで見た記憶でした。
↓こちら。
http://pointofviewpoint.air-nifty.com/blog/2004/12/200x.html
ですので、演説などではこの話の例は出さずに、他の例を出されたほうが良いと思います。
私もなにがなんでもアメリカの真似、みたいなものがものすごく嫌です。なんで裁判員などと、いきなり法を改正するわけ?どういう理由で?我々の誰がそれを望んだか?それを考えもせず、会社から裁判から何もかも、属国としてでしょうが、アメリカ様の真似で、恥ずかしくないのでしょうか。
亀井静香先生の死刑反対の超党派議連に注目してます。やはり日本には馴染めない制度ではないかと思います。
初めてコメントさせていただきます。
この「裁判員制度」、もう導入されることが前提となっているのが不思議です。選挙権のある国民が、一生のうちに関わる可能性が高い制度なのにいつの間に国会で決まってしまったのでしょうか(私の勉強不足?)。特にテレビではもう導入が前提となって話が進んでいます。反対意見にもフォーカスしてほしいです。
「司法制度改革」と年次改革要望書との関連も気になるところです。国民が参加する裁判は、殺人や放火などの重大事件のみだといいます。外資が日本企業を買収することの合理性が裁判で問われた場合、一般の国民が参加すると外資に不利だから、という話も聞いたことがあります。真実は分かりませんが。
いずれにせよ、このままあっさりと施行されてもよい制度だとは思えません。
国益にかかわるような民事に裁判員制度っていうのなら分かりますけど・・・
どちらにしても、雰囲気に流されやすい民意に判断を託すのは大いに疑問です。犯罪抑止の効果があるかも(?)ですけど、そこまで考える能力があれば短絡的な犯罪はしないと考えるのが自然です。つまり・・まったく意味不明???
私は年金生活者ですが、裁判員制度には大反対です。国民にとってこれほど迷惑な制度はありません。暇つぶしには荷が重すぎます。
聞けば、国会において全会一致で可決されたそうですが、世論調査で7割
もの反対がありながら、民意を無視した国会のあり方に私は怒っています。
国会議員は国民の付託に応え、善政を敷くのが仕事ではありませんか?
日本人の国民性では、裁判員を務めるのは難しいと思います。有罪か無罪かすら無理でしょう。ましてや量刑もとなると、精神的負担は大き過ぎす。
運悪く裁判員に選ばれた人は、強制的に「出頭命令」で呼び出され、ある期間心身共に拘束される。検察側の有罪への誘導に残酷な写真を見せらる。気分を悪くした人のために看護師を待機させるそうです。
裁判終了後も自分の判断を後悔し、良心の呵責に悩み続けなければならない。トラウマと悩みは死ぬまで続くかもしれないのです。ましてや冤罪が判明したらどのように責任をとれば良いのでしょう。その時の裁判員はもがき苦しむことになります。善人ほど、裁判後の悩みは大きいと思います。中には、自殺したり、精神を病んだりする人も出てくるでしょう。これらは自己責任となります。
こうまでして、素人を裁判に参加させる意義はあるのでしょうか。
我が国には難関の司法試験をパスし、識見の高い裁判官が居るではありませんか。その人たちなら、上記のような状況に陥ってもクリアする方法を身につけているので問題ありません。
裁判員は裁判ごとに顔ぶれが変わるので、一から説明しなければならない。そのような煩雑さと膨大な国費をつぎ込んでまで裁判制度を実施する必要はないと思います。
我々の税金と国民の犠牲で他国の弁護士を食わせるのには、断固として反対します。
エログロ禁止、規制だ、と声高に叫ぶ一方で、強制的にトラウマにさえなりかねない証拠物を見せ付けられるかもしれない裁判員制度。
一体世の中どうなってるんでしょう??
老婆心さんの言うとおり、そういうのを覚悟してその上で裁判官という道を選んだ人と違う一般人が、そんなものを無理やり見せ付けられ、尚且つそれに基づいて人を裁かねばならない。
真面目でやさしい人ほど苦しむことになるのは明らかです。
それが最初から分かっていて、あとで精神的ケアをするから大丈夫とか一体何を考えているんでしょう?
ただでさえうつ病が深刻な状況になっている今の時代。
ますますそういった人が増えるのは明らかではないですか。
国家というだけで、国民に精神的苦痛を与えることがそんな簡単に許されるものなんでしょうか??
裁判員制度は無意味だと思ってますね。
例えるなら内閣主催の有識者会議のような結論ありきでしょうから
個人的には裁判より警察の起訴までの行程を改善して欲しい
ですね、取調べビデオの編集権は検察ですから自白強要しても
編集カットでしょうから・・
今の裁判所は裁判官・検事・弁護士だけのものになっています。
そこに一般国民が関わることで風が入る事には賛成です。
ただそれを裁判員制度という形にするか否かの議論がもっと必要だったと思います。
素人という言葉を多くの方が使っていますが、
人が犯罪にまで至った経緯を想像することに、素人も玄人も無いように私は思います。
裁判員制度は何を企んでのことだろうと色々調べていましたが、城内先生のこの記事でやっとはっきり分かりました。
長寿迫害医療制度(いわゆる後期高齢者医療制度)と同じで、審議中は大きく報道せず、施行されてから実態を明かし、怒りの掃け口のない、憂いと嘆きだけを報道する(実態をよく予想して報道していたならガソリン国会並みの騒ぎになっていただろう)。記者が無能なのか、権力者とつるんだ悪意なのか。両方だろう。
裁判員制度には大賛成です。日本国憲法には裁判官はその「良心」に基づいて判断すると書いてあります。法律の上に「良心」があるのです。裁判員も当然「良心」に基づいて善悪を判断すれば良いのです。「良心」を問う上で法律の素人も玄人も関係有りません。御殿場事件などの官憲でっち上げ裁判などを見るに付け、今の裁判制度に全幅の信頼を置く気などさらさらありません。役人、議員と同様に裁判官も信頼できません。
もちろん国民も騙されやすいバカばかりだと思いますが、バカ一人に権力が集中するより、バカも3人寄れば何とやらの方がまだ期待できます。
>>matuさん
確かに良心は重要ですが、その良心をもつ国民が、社会的、精神的、肉体的、金銭的に苦しめられる可能性が大きいのがこの制度です。
強制的に呼び出され、強制的に質問され、強制的に嫌なものでも見せられ、強制的に人を裁かせられ、強制的に守秘義務を課せられ・・・
数々の強制を課せられた挙句、それぞれに対して罰則があります。
精神的に苦痛を課せられるから辞退。
なんてことは出来ません。
罰金を払えば出来ますが・・・・
どうしても嫌な人なんて世の中には山ほどいるでしょう。
そういう人たちから罰金をとって、国の収入にしたいのではないかとさえ疑ってしまう。
これはそういう制度だと思います。
裁判に参加して、人を裁きたければいくらだって参加すればいい。
それならば、司法に風を入れるという意味でもありなのかもしれません。
しかし、そうで無い人への拒否権は絶対に必要だと思います。
全く正反対ですね。嫌なものは嫌、好きなものだけやると言うのでは世の中成り立たない。やりたい奴だけ裁判に参加してたら、それこそ真っ暗闇の世の中ですよ。ヤクザばかりが裁判員になって、抗争の判決やったらどうなるのよ?世の中の正義を問う時に、ごく少数の「法律の専門家」に判断を委ねるより、その時代に生きるより多くの人々の意識に問うほうが、より的確な結論が出ると思います。
それと城内さん、法律を作る立場になろうとしている人(一時はなっていた人)が、「法律の専門家ではない、、、」なんて言われちゃったら、世の中どうなるんですか?「作るのは作るけど、運用は知らないよ」では話にならんでしょう。貴方の作った法律が本当に世の中に必要とされているのか?どう運用されるべきなのか?など等を熟考、議論したうえで立法するのではないのですか?車のメーカーが「車の事分からない」でどうすんの?
>matuさん
素人がより集まって出した結論と、専門家1人が出した結論どっちがより的確なものになるかって話ですね。matuさんは前者、僕やここの大部分の人は後者というわけです。ですのでmatuさんの意見は否定しませんが僕は裁判員制度反対です。素人が何人集まったって何が出来ようか。そんな危険な奴らに世の中任せられない。