政治家(元衆議院議員)城内みのる、公式ホームページと政治ブログ 国家国民のために、信念を貫く男。万民幸福は私の究極の目標です。いかなる時も国家国民のため、信念を貫きます。

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◇  コ ラ ム ◇ 大晦日

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◇ コ ラ ム ◇ 大晦日

 本当に今年はいろいろあった。来年は良い年にしたいと思う。このブログの読者のみなさん、良いお年をお迎え下さい。今、服部良一作曲の「歌へば天国」と「リンゴは紅い」のSP盤を聴きながらこのブログを書いている。明日は朝4時から活動するので、今日はほぼ徹夜だったのでそろそろ休みたいと思う。

★活動報告★ 12月24日(月)(写真付)

 約一週間の前のことであるが、午後2時から某地区のS自治会(約2000世帯)のS城内会が発足した。
城内会
その後、城内実後援会の中の育実会主催の太田誠会長を囲む浜松西高の会が浜松コンコルド・ホテルであり、に出席した。特別ゲストは政治評論家の福岡政行先生、司会は落語家の瀧川鯉昇師匠であった。私の祖父が初代後援会長をつとめた育実会会長の酒井基寿浜松市議会議長の挨拶の下で250名近くの方々が集った。
酒井議長
育実会
壇上にて
 特筆すべきは、スズキ自動車のS専務とT専務に来ていただき、乾杯の音頭をI某協会会長に発していただいたことである。こんなことを書くとまたいろいろと圧力がかかろうが、本当に各界の祝電をはじめ皆様には会を盛り上げていただき、感謝申し上げる。
 その後午後7時半からは某地区(6000世帯)の城内会の幹部会に出席した。元議員数名をはじめ、現職元職自治会長はじめ地区幹部約60名が勢揃いした。みな地元の代表ばかりである。
城内会2
 来年からは立て続けに各地区の会合がある。みなさんにまた応援して頂きながらがんばりたいと思う。良いお年をお迎え下さい。
 追伸:おもしろいブログがありました。是非ご覧になって下さい。→「喜八ログ」「訳分からん このシャバは」 、「ΩBLOGER CHAN 3OR1極私的日記

★活動報告★ 東京暮色 

 昨28日久しぶりに地元の浜松を離れて朝7時47分初の新幹線に乗って東京に行ってきた。午前中は日本文化チャンネル桜の報道ワイド金曜日の収録があり、日本画家の鳥居礼先生にゲスト・コーナーで出演頂いた。同僚のキャスターの児玉女史と私と同じSP盤のコレクターであり、チャンネル桜の『SP盤探訪』の郡修彦先生、鳥居先生、地元浜松の有力支援者の亀岡氏と一緒に昼食をとった。
 その後、東京城内実後援会の裏幹部の一人で政界の重鎮のKA氏と赤坂の事務所でお会いし、引き続きそこから歩いて10分ほどの平沼赳夫先生の事務所にご挨拶に行った。その日は仕事納めの翌日で平沼先生の側近のK秘書とお会いし、赤坂のそば屋「砂場」で午後4時から一杯やった。
 午後5時にK秘書と別れて、一週間前にお電話を頂いた私の尊敬するA先生に都内某所でお会いした。大変お元気でほっとした。いろいろとお話させて頂いた。
 急いで午後6時06分の新幹線に乗って7時半頃に浜松に着いた。そこから、舘山寺の二カ所の忘年会と三ヶ日の民宿Mの忘年会、細江の有名スナックTでの若手の40名の忘年会に出席した。
 28日の当日は、城内実後援会の婦人部の幹部総勢150名がバス旅行で築地とアメ横に地元の旅行会社の企画で一人2007円(もちろん2007年にかけて)の会費で日帰りツアーに行ってきた。秘書のQ君とX君も添乗員補佐として同行したので、夜の忘年会の運転は私の妻陽子がやってくれた。
 車の後ろには小学校二年生の長男康文(7歳)と次男の康徳(6歳)が寝間着を着て寝ていた。子供もがんばっている。子供のためにも次回は絶対にがんばらないと思った次第である。
 小津安二郎の映画ではないが、今日の久々の懐かしの東京は暮色だった。

◇ コ ラ ム ◇ 日本の再建

 今日は朝7時47分初の浜松発の新幹線に乗って東京のある衛生テレビの放送の収録を行った。今回は後半のゲストコーナーは日本画家の鳥居礼先生であった。鳥居先生の宇宙観には多くのことを学んだ。
 午後には、某有力政治家の方数名をおたずねした。ここではお名前を公表することは現時点では差し控えたい。しかし、本当にありがたいご配慮であった。
 いずれにせよ、城内実は次回の衆議院選挙には日本再建のために、無所属で国家国民のために信念を貫く所存です。  

◇ コ ラ ム ◇ 今年も暮れゆく

 あっというまの一年であった。今年もあとわずかである。いろいろと波瀾万丈の生活であったが、妻と子供たちが年を越せるのは本当にありがたい。来年は選挙の年といわれているが、城内実後援会が総動員して対処したいと考えている。

◇ コ ラ ム ◇ リンゴは紅い

 手元に昭和16(1941)年8月発売の日本コロムビアの『リンゴは紅い』というレコードがある。これは数年前までは結構稀少盤であったが、現在は私城内実も美麗盤を含めて4枚所有するようになった。
 この『リンゴは紅い』は昭和16年の東宝映画『歌へば天國』の主題歌である。A面の『歌へば天國』は、西條八十作詩、古賀政男作曲、仁木他喜雄編曲で、歌はロッパ、二葉あき子、藤山一郎である。B面の『リンゴは紅い』は、サトウ・ハチロー作詩、古賀政男作曲、仁木他喜雄編曲で、歌はロッパ、松原操、藤山一郎の三人である。
 この『歌へば天國』の東宝映画はなかなかおもしろい。歌手の松平晃も登場するし、『働こうよ友よ』の曲も良い。
 戦前の貴重な映像が70年後の現在に甦るのもなかなかおもしろい。
 

◇ コ ラ ム ◇ 演説レコード 

 戦前の総理大臣、大臣をはじめとする著名人の肉声が意外と当時のレコードとして残っている。乃木希典将軍の肉声も古いろう管蓄音器ほんのわずかの声が残っている。東郷元帥はというと、レコードとして何枚もたくさん世に出ているのでそれほど珍しくはない。
 一度私のコレクションの演説レコードを一枚のCDに復刻したいと思っている。所有しているものの一部を以下に紹介する。
 大隈重信(首相)、尾崎行雄(大臣)、後藤新平(東京市長)、田中義一(首相)、芳澤謙吉(外相)、幣原喜重郎(外相)、犬養毅(首相)、井上準之助(蔵相)、永井柳太郎(幹事長)、高橋是清(首相、蔵相)、若槻礼次郎(首相)、広田弘毅(首相、外相)、近衛文麿(首相)、林銑十郎(首相)、松岡洋右(外相)、東條英機(首相)である。

◇ コ ラ ム ◇ 師走(しわす)

 気がついたら12月、師走であった。どうもつい最近まであんなに暑い日が続いたのに急に朝起きると寒くなった。
 城内実のブログを新装開店してから半年になるが、これまで多くの方々に見ていただいた。まだまだ、改善すべき点が多々あると思うが、何かアドバイスがあれば、「お問合せ」を通じてお願いしたい。
 来年は飛躍の年にしたい。みなさんお風邪をひかないように。

★活動報告★ 12月18日(火)

 18日に城内実雄踏後援会の役員会が開催された。会場には約70名の雄踏後援会の幹事が参集して下さった。具体的な個々の出席者のお名前をここで申し上げるわけにはいかないが、元町会議員の先生方、元自治会長さん、元老人会長さんなど地元のそうそうたるメンバーにお越しいただいた。
 この役員会では、年末から年始にかけての具体的な活動方針が決まった。一糸乱れぬ団結で来たるべき日に向けて全力で取り組んでいただけるとのこと。これだけ盛り上がれば共存共栄や共生をむねとする城内実としても正々堂々と全力で戦うしかないと思った。

◇ コ ラ ム ◇ ミッキー・マウス

 昭和13年(1938年)は私の母が生まれた年であるが、この年に日本初のミッキーマウスの6枚組のSPレコードのアルバムが発売された。手元にある約70年前の解説書つき新品SP盤のアルバムの番号は、Jm7-Jm12となっている。
 「ビクター・ミッキー・マウス・アルバム」(ミッキー・マウスと「シリー・シムフォニー」のレコード)には約40ページのカラー刷りの解説書がついている。これをめくると、まずウォルト・ディズニーの半生の説明からはじまって、写真に挿絵と6枚のレコードの英語の歌詞と楽譜が掲載されている。6枚のレコードの曲目は次のとおりである。
 Jm-7  A.ミッキーの芝居見物、B.ミッキーのグランド・オペラ
 Jm-8  子守唄
 Jm-9  A.こほろぎと蟻、B.ミッキーのお引越し
 Jm-10 魔法の笛
 Jm-11 A.狼は笑ふ、B.小豚物語
 Jm-12 ロビンは誰が殺したか?
 私の両親が生まれた70年前の当時、日本の子供たちがアメリカ発のミッキー・マウスの漫画に興じ、ディアナ・ダービンの映画見たさに映画館に列をなしたなどという事実は戦後教育を受けた現在の日本国民の間ではほとんど知られていない。むしろ、一部のアメリカ国民の方がそのことを知っている。歴史を良い意味でも悪い意味でも歪曲するやからが多いが、もう少し是々非々でより客観的に戦前の歴史に向き合ってもらいたいものである。