国家国民のため 信念を貫く男

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◇ コ ラ ム ◇ 徹夜

Archive for 11月, 2007

◇ コ ラ ム ◇ 徹夜

 現在30日の午前3時半。今日は夜の浜北○○地区(約500世帯の自治会)の○○城内会に出席したあと、自宅の近くの初生町の事務所で書類整理をしている。一年分の書類を整理するには半日かかる。まだ半分も終えていない。
 明日は、朝8時半より都内にて朝食勉強会の講師に招かれており、引き続き11時より私がキャスターを勤めてい「日本文化チャンネル桜」の報道ワイドに平沼赳夫先生をゲストにお迎えする。
 朝は6時55分浜松発の新幹線で上京する。いつもは、午後11時から0時には寝る城内実だが、今日は朝がたまでひたすら書類整理である。

◎ 政 治 ◎ 守屋前防衛事務次官の逮捕 

 本日守屋前防衛事務次官が逮捕された。予想通りの結果であるが、夫人まで逮捕とは驚いた。だからこそ、ここで改めて問いかけたい。夫人まで逮捕したのなら、この夫妻の庇護者であった背後のバッチjをつけた巨悪までメスを入れて欲しい。
 それも、例の一人だけでなく本命のもう一人の方も。官僚だけのとかげのしっぽ切りで終わるようであれば、それこそカイカク原理主義者たちが大好きな構造カイカク(=破壊)路線でもって日本の検察を「規制緩和」して郵政と同じく「株式会社日本検察会社」(ついでに分社化)にでもすれば良い。社長は竹○平○元総務大臣などが適任であろう。
 防衛利権問題については、過去の以下のブログを見ていただければ幸いである。
 「防衛利権(その二)」
 「防衛利権問題」 
 

◇ コ ラ ム ◇ 戦前の米国音楽

 つい最近、昭和九年に日本コロムビアから発売された、比較的に入手困難なSP盤を入手した。ジャズソングの「僕の戀人」(歌:中野忠晴、伴奏:レイモンド服部指揮コロムビアジャズバンド)と「君なき日」(歌:ベティ稲田、伴奏:C・ラプハム指揮コロムビアジャズバンド)。
 私のSP盤コレクションの中には戦前の和製ジャズのレコードはあまりないが、それでもベティ稲田以外にも川畑文子、リキー宮川といった日系二世によるジャズソングを少々所有している。
 何か戦前の日本ではアメリカのジャズが禁止されていたような間違った認識があるようだが、それは戦時中のごくわずかな期間だけである。意外とこのことは世間で知られていない。
 日本国民、特に都会に住んでいる戦前の日本人は大いにジャズやハワイアンを楽しんだ。私が数年前に書いた文章「ラッキーレコードと戦前の軽音楽」に詳しく書いてある。戦前のハワイ出身の灰田勝彦さんも、戦前戦中はハワイアン以外にも「燦めく星座」、「マニラの街かどで」、「ジャバのマンゴ売り」、「加藤部隊歌」、「ラバウル海軍航空隊」といった流行歌や軍事歌謡を歌った。戦後はふたたびハワイアン歌手に戻っている。
 こうした戦前の和製ジャズや日系二世による歌謡曲が、最近注目をあびるようになっている。以前紹介した「お祖父さんの時計」も和製ジャズである。70年近く前の音源が21世紀の現代に甦る。その瞬間は感無量である。

◇ コ ラ ム ◇ 古典芸能

 ものごころついてから落語を聞くようになった。落語について鮮明に記憶しているのは、今から約32年前に四年半住んでいたドイツから祖国日本に帰国するJALのジャンボ機の中のことである。機内で特にすることもないので、起きている間は落語をずっと聞いた。熊さん八っつあんの滑稽なものがたりは、西洋文化とは全く違う何か自分のDNAにしみこんでいる祖国日本を感じさせた。
 昭和50年(1975年)の八月にドイツから日本に帰国した。夏休みを父の実家の浜松で一ヶ月半近く過ごし、父の転勤で神戸に引っ越した。神戸の諏訪山小学校時代は自宅にテレビがなかったので、毎日ラジオを聞いていた。朝日放送、毎日放送、ラジオ大阪、ラジオ関西、近畿放送を懐かしく思い出す。
 当時関西のラジオ局では、上方の落語がよく放送された。また、NHKでは上方演芸会が日曜日の夜に放送され、その後21時05分から30分、古関裕而のメロディーで森繁久彌と加藤道子の日曜名作座が放送された。それを布団の中でうとうとしながら当時小学校四年生の私は聞いていた。今年は日曜名作座が放送されてから、50周年にあたる。現在日曜名作座は毎週日曜日の夜23時15分から30分過去の番組が再放送されているが今聞いてもすばらしい。
 ラジオから流れる上方の落語や早朝のラジオの浪曲や講談は初等教育をドイツで過ごした少年城内実には誠に新鮮に聞こえた。その後、神戸から東京、東京から横浜の小学校へと転校したが、講談社文庫から出版された興津要氏編著の古典落語各巻を毎日むさぶるように読んだ。それほど落語を愛好していた。
 中学校に入って戦前のSPレコードを蒐集するようになってからも、大正時代の三代目柳家小さんの「うどんや」のレコードをどこかの古道具屋から手に入れ、良くかけて聞いた。三代目柳家小さんといえば、文豪夏目漱石が「三四郎」の中で書生の口を借りて「小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものじゃない。何時でも聞けると思うから安っぽい感じがして、甚だ気の毒だ。実は彼と時を同じうして生きている我々は大変仕合わせである。今から少し前に生まれても小さんは聞けない。少し後れても同様だ。」と語らせたほどの名人である。この大正時代の「うどんや」のレコードを大学時代にポータブル蓄音器と特殊なSP用の針を使って、日本文化の授業で披露したことを懐かしく思い出す。
 明治、大正時代の当時は三代目柳家小さんの他にも、初代三遊亭圓右や四代目橘家圓喬、快楽亭ブラックなどの一世を風靡した落語の名人がいた。その肉声は現在も明治の出張録音盤や大正時代の旧吹き込みのレコードで聞くことができる。
 いずれにせよ、こうした古典芸能に触れるにつけ、日本の古典芸能の奥の深さを感じる次第である。
 
 

◇ コ ラ ム ◇ 月の朔望

 今日11月24日の23時過ぎにこのブログを書いているが、ちょうどこの時刻が満月にあたる。月の朔望、すなわち月の満ち欠けは不思議なもので、人間の体のリズムと同じで体に対する影響がかなりあると考えられている。朔は新月で望は満月である。
 だいぶ前にブログ新月材について書いたが、新月の日に伐採する木材は不思議と虫食いが少なく、腐りにくい。このことはドイツやオーストリアはじめ世界中で実証されている。新月材の住宅を建築している会社もあるくらいである。そうであるならば、現代を生きる日本人はもう少し月の朔望について意識すべきではないだろうか。
 ヨーロッパでは、伝統的に月の満ち欠けについて関心を持っている。19世紀の古い時計には月の満ち欠けが分かる盤がついている。スイスの高級時計のブレゲなどにその名残がある。
 もしこの世に月がなかったら地球には今のような潮の満ち干もなく、殺伐とした世界となっていたであろう。月夜を身ながらそう感じた。
 

☆お知らせ☆ ボランティア募集(その二)

 先日ボランティア募集の記事をこのブログにて紹介しましたところ、地元及び全国各地の多数の方々より城内実後援会へのボランティアの登録のお申し出がありました。いったんここでブログによる公開の募集を終了したいと思います。(本日もボランティアのS君たちが事務所でお手伝いをしてくださいました。)
 ただし、今後とも随時ボランティアの方を募集いたしますので、ご関心のある方は「お問合せ」フォームよりご連絡ねがいます。

◇ コ ラ ム ◇ マイトガイ小林旭

 私が好きな映画に昭和30年?40年代にかけて一世を風靡した日活映画がある。特に良く見るのが小林旭さんの「渡り鳥」シリーズである。
 この渡り鳥シリーズの原作は、兵庫県を選挙区とし、半世紀以上代議士をつとめた原健三郎氏が手がけたものである。石原裕次郎、赤木圭一郎、宍戸錠、浅丘ルリ子といった日活映画のアクション・スターたちがくりひろげるドラマのストーリーはワンパターンではあるが大変おもしろい。
 東映の「仁義なき戦い」シリーズも損得勘定以上に義理と人情がクローズアップされているが、渡り鳥シリーズではさらに正義感、ヒューマニズム、善悪といったものがより強調されている。渡り鳥シリーズは、全国ロケで函館が舞台になるなど、東京だけがドラマの舞台となっていない点が「寅さんシリーズ」などと似ている。
 いずれにせよ、昭和30年代のように地方や地縁血縁を大事にする社会、地域密着型の社会を、再び見なおそうではないか。 

◎ 政 治 ◎ 大阪市長選 

 先の大阪市長選で自公が推した現職が民主党の新人の候補に敗れ、与党内に衝撃が走った。小沢一郎民主党代表の辞任騒動で民主党の支持率がやや下がったにもかかわらず、この結果である。
 これまで大阪市は歴代が助役など市役所OBばかりで、民間出身の大阪市長は近年ははじめてとのことである。与党候補が敗北した要因はいろいろあるだろう。いずれにせよ、市民が、国民が既存の政治の枠組みに対して不信感を抱いており、そのことが先の参議院選挙や一連の地方レベルの選挙の結果となって現れているのではないか。
 「証人喚問」で守屋前防衛事務次官が「記憶にございません」ということを連発したり、発言内容を弁護士と相談したりしていたようだが、このように自己保身に走ったり、背後にいる巨悪を擁護するような態度をとるのではなく、本当に反省しているのであれば国民に是非真相を伝えて欲しい。
 政治は世襲制の政治屋のためにあるのではない。政治は一握りの利権集団のためにあるのではない。そうではなく、政治は一人でも多くの国民を幸せにするためにあるのである。私がつねづね主張している「万民幸福」こそ現代日本政治の目標である。
 
 

◇ コ ラ ム ◇ 健康法

 ここ数日寒くなってきた。私はまだ風邪をひいていない。今年のインフルエンザはひどいそうなので予防接種を周りの人たちに勧めているが、私自身は風邪を絶対にひかないと決めているから、予防接種はしない。
 私の健康法は、?毎朝風呂場で冷水をたらいに三杯分あびる、?なるべく太陽の光をあびる、?日本茶を一日1リットル以上飲む、である。さらに、強いてあげるとすれば、一年の365日一日も休みをとらない(=要は生活リズムをくずさないこと。よい子のみなさんはまねしないように。)、睡眠はできるだけ7時間はとる、である。
 それでも疲労がたまるときがある。そんな時は夜寝る前に好きな音楽を聴く。さらに時間があったらのんびりと名作といわれる日本映画をみたいのだが、残念なことに現状ではかなわない。それもいたしかたない。

◇ コ ラ ム ◇ 「海道東征」(北原白秋作詩、信時潔作曲)

 私のレコードコレクションの中に「海道東征」がある。「海道東征」は、昭和15年に財団法人日本文化中央聯盟が主催する紀元二千六百年藝能祭のために制定された交響曲である。歌詞は日本が誇る偉大な詩人北原白秋が作詩し、作曲は「海ゆかば」の信時潔が担当した。八枚組の日本ビクターの「海道東征」のアルバム(A504?A511、昭和16年1月11日東京音楽学校奏楽堂にて吹き込み、当時売価19円60銭)と解説書が手元にある。独唱と合唱は東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)の生徒で指揮は当時まだ助教授の木下保、演奏は同大学の管弦学部である。私がたまたま所有している東京音楽学校の同窓会報の「同聲會報」(第二百五十七号、昭和十五年十一・十二月号)にも紀元二千六百年式典・紀元二千六百年奉祝會に東京音楽学校の生徒が参加し、全国に出張演奏したことが書かれている。独唱と合唱は東京音楽学校の声楽科の職員及び生徒である。東京音楽学校と声楽科といえば、関種子(ソプラノ)、増永丈夫(=藤山一郎)(テノール)、松田トシ(ソプラノ)、高木清(バリトン)、柴田睦陸(テノール)、加古三枝子(ソプラノ)、酒井弘(バリトン)、金子一雄(テノール)、波平恵弘(テノール)、安西愛子(ソプラノ)、藤井典明(バリトン)らを輩出したことでも有名である。
 「海道東征」以下の八部で構成されている。
 第一章 高千穂
 第二章 大和思慕
 第三章 御船出
 第四章 御船謡
 第五章 速吸と菟狹
 第六章 海道回顧
 第七章 白肩の津上陸
 第八章 天業恢弘
 この「海道東征」が発表された当時は、まだまだアメリカのジャズや軽音楽が都会を中心にもてはやされていた時代であり、そうした中で大和民族の精神を西洋の交響楽という手法を用いて表現したことは特筆に値する。埋もれた名曲として後生に残すべき秀作である。