2007年8月の記事一覧
東京で歯科医院を開業されておられる、MKさんから以下のメールをいただいた。MKさんは、落選後メールのやりとりをきっかけに知り合い、今では東京城内実後援会の幹部を務めて下さっている。
「暑い中大変と思います。マスコミは新内閣の予想など報じていますが、マスコミの興味本位の報道ではなくて、城内さんが選挙区をまわられてご自信が感じられていることのみが真実です。己を信じ神を信じひたすらがんばるのみ。水分は十分補給してください。Kより」
まったくおおせのとおりです。地元の及び全国の支援者の皆様本当にありがとうございます。これからも毎日地道に愚直にこつこつと活動します。
本日8月12日の「日本の原風景ー久留女木の棚田」と8月9日の「城内実北遠を行くー山香地区にて」の動画を追加しました。「活動報告動画」の一番下の方にあるのでご注意願います。また、ブログでは、12日の「久留女木の棚田」と11日の「城内実北遠を行く」の中で写真を追加しました。さらに、私の親友の桐蔭横浜大学准教授の阿部憲仁さんが応援メッセージを下さったのでご覧下さい。
ところで、さきほどテレビ朝日の報道ステーションを見ました。私のコメントはここでは差し控えます。取材陣は暑い中本当に良くやってくれたと思っております。ただ、支援者の方々から嵐のような抗議の電話がありましたのでその事実だけここでお伝えします。
抗議その一、「今、テレビを見た。おまえは次回は民主党から出るのか?無所属で信念を貫くと言ったのはうそなのか。どうなっているのかはっきりしろ!」(抗議多数あり)
→城内実の回答:「番組でも申し上げましたが、そのような事実は全くありません。誰がどこでどのような根拠で言っているのかこちらの方が教えていただきたいくらいです。」
抗議その二、「テレビ朝日が取材に来るというので、特別に集会やお祭りの風景をとらしてやったのに、一秒も放送しないとはどういうことだ」(抗議数件あり)
→城内実の回答:「テレビ朝日のMディレクター等に対しては、再三再四にわたり、取材に協力して下さった方々の関係もあるので、是非とも数秒でもワンカットでも良いのでそれぞれの場所での撮影を放映していただきたいと伝えました。二日もかけて週末の活動風景を何時間も撮影されていただけに残念です。まさかある筋から圧力がかかったとは思いませんが・・・・。次回からは軽々しく取材に応じないようにします。」
城内実は「政党」うんぬんではなく、「国家国民」のために信念を貫く政治家をめざしております。これがこのブログをご覧になっている皆様に対する答えであります。テレビ局の取材の意図も見抜けなかったのは私が未熟な証拠です。反省しております。テレビ朝日が放映しなかった週末の城内実の活動の模様は、12日のブログの「久留女木の棚田」の写真をご覧になって下さい。
これからも皆様の忌憚のないご意見ご感想をお待ちしております。
今日は午前中に引佐町奥山の40世帯ほどのM地区にてミニ集会を開催した。この地区は赤ちゃんからお年寄りまで126名ほどいる。その内、老若男女問わず約20名ほど炎天下の中で集まってくださった。
驚いたことに、今年二十歳になる若い方が三名ほど参加頂いたことである。若い人達にも是非とも傍観者ではなく、主体的に政治に参加してもらいたいと思っている。東京からテレビ朝日の報道ステーションの関係者が三名ほど取材に来ていた。

その後昼過ぎには二ヶ月前に田植えをした久留女木の棚田に様子を見に行った。青々とした稲が順調に成長していた。その模様は近日中に活動報告動画にのせたいと思う。

午後は個人宅を何軒か廻り、夕刻に地元のY地区の祭典とH町の納涼祭に参加した。久々に金魚すくいをやったら黒いでめきんを二匹と和金を一匹すくえた。


夜は湖西の鷲津の花火大会に招かれて支援者の皆さんたちと一緒に花火を楽しんだ。

報道ステーションのスタッフの取材に対して一番重要な城内実のコメントは、「アメリカ型の弱肉強食型のカイカクではなく、日本古来の和の精神でお互いが共存共栄できるような改革にすべし」ということにつきる。このことを繰り返し繰り返し述べた。一般的に、テレビというものは本質からそれたおもしろければ何でも良いという感覚で一番大切なところは省略して、失言めいたことを報道するが、今回はそのようなことはないものと期待している。
最後に、8月11日付けのブログ「城内実、北遠を行く」に写真を追加した。今一度ご覧頂きたい。
11日土曜日に急遽テレビ朝日系列の報道ステーションの関係者から連絡がありました。週末の城内実の活動を取材したいとのこと。午後4時30分の鹿島橋前の街頭演説にはじまり、その近くの椎ヶ脇神社の鹿島のお祭りの模様をカメラにおさめました。取材クルーは夕刻に東京に戻り明日朝からまた取材に来るそうです。
12日には引佐町の奥山の某地区のミニ集会からまた取材を続けるとのこと。このところ毎日ミニ集会続きですが、こういう小さいグループをもっともっと大事にしていきたいと思います。
11日(土)と12日(日)の城内みのるの地元での活動の模様は、13日(月)夜の報道ステーションで放送予定です。お時間があったらご覧の上、感想などありましたら宜しくお願します。
今日は少し遅れて初生町の資源回収のボランティアに参加した。本来ならば朝8時頃に行くところ、朝からいろいろと用事をすませなければならなかったので、現地に着いたときには10時半近くなっていた。活動報告動画にあるように、前回の資源回収は大雨の中でやったが、今回は36℃前後の酷暑の中だった。
午後から伊佐見地区の10名ほどのミニ集会に参加し、それから天竜の只来地区に入った。その後山東の国道152号線と362号線の分岐点と鹿島橋前の交差点の二箇所で街頭演説した。暑かったが車の中から大勢のひとたちが手を振ってくれた。その後、鹿島駅の方に向かい、車の中でまつり装束に着替えて鹿島の椎ヶ脇神社の祭典に参加した。
鹿島のお祭りは伝統があり、古くは北鹿島の方にお宮があったそうである。が、天竜川の近くにお宮があり、大雨で流されたりするので、西鹿島の高台にある椎ヶ脇神社に移ったそうである。ただ、一年に一回お祭りの屋台が椎ヶ脇神社とその横下の八幡神社から出発して、元々あった北鹿島のお宮で一泊するとのこと。明日はまた、屋台は北鹿島から西鹿島に戻る。
こうした古くから伝わるお祭りを大事にしなければならない。
7日(火)の夜から浜松市初生の自宅を離れ、三泊四日の日程で北遠地域を廻ってきて、ちょうど今自宅に戻ったところである。北遠とは、遠州北部の意味で、旧天竜市、旧龍山村、佐久間町、水窪町、春野町で構成される天竜川沿いの中山間地域である。私の祖母はこの北遠の佐久間町(旧山香村)の西渡という地区で生まれ、18歳までそこで育った。西渡は祖母の幼少時の大正から昭和にかけて久根鉱山と林業で大変栄えた町であった。祖母の父が経営した菓子屋の「大和屋(やまとや)」も、職人を何人も使って結構繁盛していた。芸者もたくさんいたそうである。
8日(水)は朝から晩まで水窪町を廻った。水窪町は浜松市の中心部から車で1時間30分ほどかかる山間地域である。水窪町の中心部からさらに車で30分ほどかかる門桁地区を久方ぶりに訪問した。門桁はたった30軒ばかりの陸の孤島の集落である。
夜は西浦田楽で有名な水窪の西浦地区のお寺にて、集落の人々による「お施餓鬼(せがき)」(いわゆるお盆の時期の施餓鬼会)があり、見物させていただいた。

9日(木)は佐久間町の城西地区と山香地区を廻った。城西地区、山香地区などの中にさらにいくつか集落があり、それぞれに昔ながらの名前がついている。結構読みにくい地名がある。みなさんは次の地名を読めるだろうか。
?切開、?向皆戸、?立原、?下日余、?名古尾、?下平(正解は、?しもったいら、?なごお、?しもひよ、?たっぱら、?むかいがいと、?きいなま)。私は地元のどんな小さな小字(こあざ)の名前も極力覚えるようにしている。先人たちが使った地名にはそれぞれの由来があり、先人たちのたましいが、あるいは言霊がそこに宿っていると思うからである。
城西地区の相月駅の近くの道路が先般の豪雨で半分崩れて通行どめになっていた。その先のお宅を何軒か訪問しなければならないので、そこからずっと国道を下って和泉というところから山をのぼり、山のてっぺんの上日余、下日余を越える迂回路を使った。ここは迂回路があるからまだ良い方で、そうでなければ集落は孤立してしまう。

その後、下日余の山の中腹にあるお宅を三軒ほど訪れたが、そこは舗装された道がなく、山の中のけもの道のようなところをずっとのぼっていかなければならない。歩くと時間がかかるので、簡易モノレールを下までおろしていただいて上までのぼった。最初は良いが途中で急勾配となり、振り落とされそうになった。私は気がつかなかったが、家人が言うには、眼下の茶畑にまむしが何匹かいたとのこと。ぞっとした。ここらへんは地蜂、蚊、虻や、猪、鹿、猿はあたりまえで、毒蛇やヤマビルのようなたぐいの生物も各種取り揃えてあるそうである。


夕方になって、岩井戸のMさんと名古尾のYのお宅を訪問した。Mさんのご自宅は、山の頂上の方にある。下のお宅まで道はあるが、そこに車を止めて、山の中をずっとのぼっていかなければMさん宅にたどり着かない。山道をてくてくのぼりようやく茶畑が見えてきた。人家が近い。さらにそこからまたてくてくのぼる。15分近くのぼったろうか。かなり汗をかいた。

翌日の10日(金)は、佐久間の浦川地区を朝から昼過ぎまで自転車を借りて一軒一軒廻った。佐久間は毎年40℃近い全国最高記録を出すところで有名なところである。長寿日本一ならまだしも、この地球温暖化時代に最高気温日本一とは困ったものである。11時から13時にかけて一番暑かった。後で聞いたら37℃近かったとのこと。こちらは開き直ってこのサウナ状態の炎天下でどれだけ廻れるかがまんくらべのつもりで挑戦した。
猛暑なので通りの人はまばらである。たいていの人は家の中でじっと暑さをしのいでいる。こちらは、帽子もかぶらず、汗だくで廻っているので、訪問した何軒かの家人が中に招き入れてくれて、冷たい飲み物をごちそうになった。こういう人情に触れた瞬間が一番うれしい。幸せである。
午後は、山香地区の西渡、瀬戸、間庄を廻り、夜は旧天竜市の石神と青谷の二箇所でミニ集会(といっても50?60名程度)に出席し、22時頃に鹿島のお祭りの前夜祭に参加。23時過ぎに事務所に戻る。本当に長い一日であった。

今日は朝から地元の月に一度の資源回収なので今日はこれにておしまいにしたいと思う。
この度、元外務事務次官、元駐米、駐独大使の村田良平先生から心のこもった応援メッセージを頂きました。誠にありがとうございました。皆様ぜひ応援メッセージのページをご覧下さい。(応援メッセージ)
現在、いろいろな方々から応援メッセージを頂いております。随時更新していきます。また、皆様頂きましたメッセージも「皆様からの声」のページで公開しております。こちらもぜひご覧下さい。(皆様からの声)
今日も昨日に引き続いて地元の納涼祭を何けんかまわりました。午前中は由緒ある浜名惣社神明宮(三ヶ日町)の例大祭にお招き頂きました。例大祭終了後、本殿の前にて恒例のお神輿の採点があり、私も参加しました。毎年三ヶ日町の中心部の六か町(西天、東天、上神、下神、西町、東町)がそれぞれ創造力豊かなお神輿を作り、元気良くかつぎます。子供達の作ったかわいいお神輿や、スパイダーマン、仮面ライダーなどのこった作りのお神輿が、伝統的なお神輿に交じってあって、本当に楽しませて頂きました。
午後は、私が顧問をつとめる肢体不自由の方々の会の総会にて「日本の改革のゆくえ」というテーマで講演しました。たった一時間の講演にもかかわらず、過分の講演料を頂き、恐縮。講演には上浅田の実家の隣にお住まいの親戚のIさんはじめ大勢の方に来て頂き感謝感激。
その後は、テレビ朝日の「スーパーモーニング」の密着取材を受けました。納涼祭を三か所、ミニ集会、街頭演説の取材を終えて、午後7時過ぎに取材陣は東京に帰りました。こちらはそのあとさらに三か所納涼祭をまわりました。どこに行ってもみなさん歓迎してくださいました。
取材の模様は、8月6日(月)朝8時から9時55分のテレビ朝日系の「スーパーモーニング」にて放映予定です(城内みのるの活動部分は、番組開始直後の8時頃に数分間放送するとのこと。)。
明日は朝4時に早起きして、平和を祈願する地元の会合に出席します。私は父の仕事の関係で昭和40年に生まれて三歳まで広島で過ごしました。昨年40年ぶりに広島を訪問したところ、なんとなく懐かしく感じました。幼少時のことゆえ、記憶は断片的にしか残っていませんが、夏のむし暑い日に広島のアパートでセミが鳴き、狭い部屋で家族四人が汗をかきかき寝ていた様子が目に浮かびます。
今年もまた暑い日本の夏がやってまいりました。

三ケ日町 濱名惣社神明宮例大祭にて (仮面ライダーの御神輿です)
今日は地元各地で納涼祭があった。こういう時は効率良くまわらないと大変である。日程表を確認してみたら、午後から9か所もまわっていた。「こんちは、さよなら」というわけにはいかないので、ある程度みなさんと歓談する時間をじっくりととる。その内に次の会場に行く時間が迫って、「何をやっているんだ早く来い」とそこで待っている支援者の方から電話がかかってくる。みなさん待っていてくれる。本当にありがたい。
私は納涼祭の主催者からマイクで挨拶を求められても極力ご遠慮する。高いところからマイクで挨拶する時間があったら、一人でも多くの地元の皆さんと同じ目線でふれあいたいと思っているからである。実際、どこに行っても顔なじみの支援者の方々がいらっしゃったり、街頭演説でこないだ手を振ったよ、こないだ家に来てくれてありがとうと言ってくださる方々ばかりである。
あまりにもあちらこちらでお祭りがあるので、一人ではまわりきれない。そういう場合は、妻が代わりにまわってくれる。今日も何カ所かまわってくれた。今日時間がなくて私城内みのるがどうしても行けないところが何カ所かあったが、本当に申し訳なかった。
明日は今日以上にぎっしりと日程がつまっている。がんばらなければ。
昨日のTBSのピンポンを御覧になった川崎市在住のK.Kさん(40代、女性)から以下のようなメールを頂いたので紹介する。本当にごもっともである。
「私は、川崎にて小さな青果店を自営でやっています。本日ピンポンを拝見しました。番組中奥様のコメントで100円以上大根の購入は考えるという意味のコメントがありました。家計を切り詰める切実さはわかりますが、これを聞かれた農家の方はがっかりすると思います。一本100円という価格が農家の労働に見合ったものなのか?
おそらくそれはNOではないでしょうか。捨てていた葉っぱを味噌汁に使う等の表現の方がいいのではないでしょうか。安けりゃ安い方が良いという風潮の中、生産者が苦労して出荷したものを適正な価格で売ってあげたいと常々思っていますが、消費者にはそのような考え方、とても少ないと思います。子供の食べているお菓子の値段と比べてみても、大根が200円しようと、全部食べきろうとすれば、数種のおかずになるはずです。決してちゅうちょする価格ではないと思います。
今回の中国製品の安全性に関する問題は、農業を考え直す布石になっていると思います。私どものように正直に商品に自信をもち責任を持って説明、販売する。昔ながらの商店は今の世の中に広めてください。
接客の合間に数度に分けて書いたメールにて、読みずらいことと思いますが、未来を作り出す政治家の方に是非お願いしたいと思いました。
最後には、こつこつと努力した者が選ばれるはずです。今後のご検討をお祈りしています。」
このメール中で大変重要なご指摘は以下の三点である。
?一本100円という大根の価格は農家の労働に見合ったものではないのではないか?
?安ければ安い方が良いという風潮の中、むしろ生産者が苦労して出荷したものをより適正な価格で売ってその価格を消費者が受け入れるべきではないか。ところが、消費者にはそのような考えはとても少ない。
?正直に商品に自信をもち、責任を持って説明、販売するような昔ながらの商店は今の日本で少なくなってきている。
市場原理主義の下、安ければ何でも良いという風潮がある。橋梁をはじめとする公共事業にいたっては、「安かろう悪かろう」で安全性に疑問が出てきている。そういう中にあって地域密着型でこつこつと良心的な商売をしている商店をつぶしてはならないと前から城内みのるは主張し続けてきた。所詮価格などはごく一部の側面であって、価格では表せない、信頼関係、アフターケア、安心安全、自治会活動等を通じての地域への貢献などがある。
そのことに多くの消費者は気づいてないと言えばまったくそのとおりである。
大根100円発言は、本当に私たち夫婦の不徳のいたすところである。農薬まみれで安心安全面で疑問な外国産ならいざしらず、国産の良心的な農家の方が生産し、良心的な地域密着型の商店で売られているような農産物は多少高くてもより「適正な」価格で買おうではないか。








