国家国民のため 信念を貫く男

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食育について

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食育について

 教育を行う上で、知育、体育、徳育があるが、最近の社会における道徳、倫理、モラルの低下を見るにつけ、徳育にもっともっと力を入れて欲しいと思う。また健全な肉体にこそ健全なたましいが宿るので、徳育の次には体育を、特に日本武道を推進したい。
 徳育の次に体育が来て最後に知育が来る。知識はもちろん重要である。ただし、私は道徳観のかけらすら持ち合わせていない知識人よりも、人としての道を踏み外さない常識人の方が偉いと思っている。
 「知識」はあっても生活の「知恵」や「知性」がない人物はそれほど評価できない。
 ところで、最近知育、体育、徳育の他に食育ということばが浸透するようになった。私は低学年の子供達にとって食育は本当に大切だと思う。現在6歳、5歳の二児の父親だからこそこのことを強調したい。
 自分の食習慣を押しつけるわけではないが、我が家は粗食を旨としている。粗食というと粗末な食事というように思うだろうが、決してそうではない。実は結構豊かである。
 食事は昼と夜はめったに家でとらないが、基本的に朝昼晩ともご飯が基本。ご飯にはみそ汁が欠かせない。おかずはその時々の旬のものを一、二品。ほとんど和食である。
 野菜やくだものもその季節にとれるものばかり。今は果物といえば毎日みかん。あとは干し柿、干し芋。子供たちには干し芋とか煮干しをおやつがわりに食べている。
 ありがたいことに野菜やくだもの、魚などは知り合いの農家や漁師のひとたちがおすそわけしてくれる。肉は頻繁に食べないが、山で猪や鹿がとれるとその肉を頂いたりする。
 基本的に地産地消をむねとしている。なぜなら、地元の作り手の顔が見える農産物の方がまごころがこもっているからである。子供にとっては、ロボットが作る「食品」とお母さんが作る「ごはん」とどちらが嬉しいだろうか。
 我が家では食事をする前にきちんと感謝の気持ちをこめて「いただきます」というように心がけている。「まごころ」がこもっている食事に対しては「まごころ」で返す。単に食材がなんのかんのということでなく、「いただきます」の「まごころ」もきちんと教えてはじめて本当の食育といえるのではないか。
                                   2月27日(火)   

 

関岡英之氏

 先週17日(土)に女性部と若手の会を開催したが、そこに講師として『奪われる日本』(講談社現代新書)の著者の関岡英之氏が来て下さった。そのソフトな語り口から出てくる国家国民に対する熱き思いは、女性部のみなさんにもはっきりと伝わり、関岡ファンがまたまた増えた次第である。
 以前このブログで関岡英之編の『アメリカの日本改造計画』(イーストプレス社)を紹介したが、この本を絶賛するメールが届いた。ただ、関岡氏によると『奪われる日本』と同様、今ひとつ売れ行きで伸び悩んでいるとのことである。小林よしのり氏、佐藤優氏、西部邁氏はじめ、そうそうたるメンバーによるインタビュー記事は大変読みやすく、値段の割には中身が充実している。この本がもっともっと売れて国民が真相を知るようになればと思う。
                                    2月24日(土)

花粉症

 朝起きたらくしゃみがとまらなかった。今年も花粉症に悩まされるのだろうか。例年だと3月に入って鼻がむずがゆくなり、だいたい5月の連休まで続く。
 ただ、今年は花粉の量が少ないというので一安心した。この調子でいくと私の42回目の誕生が来る4月中旬までには花粉症も治っているかもしれない。
                                 2月22日(木)

暖冬

 昨日は三重県の伊勢市にてひとこま90分の授業をふたこま行った。拓殖大学客員教授という肩書きはあるものの、さしたる学術論文もなく、私のようなあやしい学者が教壇に立つのは大変おこがましいおのであるが、それでも約3時間にわたって講義した。
 その講義の内容の紹介はまたの機会に譲るとして、ともかく伊勢でも例年の気温を上回る異常な気象であった。もともと私の地元浜松市は日本でも温暖で、夏には佐久間町で全国最高気温が出るくらいの暖かいまちである。それでも浜松市民がこんなに暖かい冬ははじめてだという声があちらこちらで聞こえる。
 京都議定書に世界最大の温室効果ガスの排出国である、米国と中国が参加していない。両国は、モノ、カネや軍事力というパワー優先の内政、外交を行っているが、もうそろそろ21世紀は20世紀の物質文明から環境や心というお金では表せない価値を重視する精神文明の時代が到来しているのではないか。
 日本こそ世界の中で環境や和の精神といった損得勘定とは別の次元の国民の幸せのために新たな役割を果たす存在なのではないだろうか。
                                    2月22日(木)

風の強い日

 昨日の15日は風の強い日であった。自宅の近くの赤松坂で恒例の街頭演説を行ったが、「国家国民のために信念を貫く男」ののぼりが風で切れそうであった。
 昨年の大晦日を含め、元旦より雨の日だろうが、風の強い日であろうが、毎日どこかで街頭演説をしている。いつかこのブログの読者の近くにも突如現れてみたい。
                                2月16日(木)
 

「新春のつどい」の延期

 2月17日(土)の夜に浜松駅のとなりのアクトシティ大ホールを借りて、平沼赳夫先生、櫻井よし子先生、不肖城内実の三人で、『奪われる日本』(講談社現代新書)の著者の関岡英之氏の司会でシンポジウムを行う予定であった。この城内実後援会主催の「新春のつどい」はそれぞれの講師が講演料を辞退し手弁当できてくださるので入場無料であった(私の方針もあり、資金集めのための通常一枚一万円または、二万円のパーティーをこれまで地元浜松市で一度も開いていない。私の後援会活動費の基本は一口年会費1000円の個人献金であるからである。)。
 「新春のつどい」のカラー版のちらしを一万枚作って一月上旬にその一部を配ったが、平沼先生が現在リハビリ中のために最終的に延期とすることになった。ご病気であるから仕方がない。日本再建のために早期のご回復を毎日祈っている。
 昨年12月に50名限定で20?40代までの地元在住の若手を対象にした「遠州城内塾」を開講した(会費は弁当代込みで一人1000円)。ありがたいごとに今月で早くも第三回目の会となった。これまできてくださった講師及びこれからきてくださる講師の先生方は日本でも有数の学者、文化人、スポーツ選手等である。
 本当にわずかな講演料しか払えないが、それすら講師の先生方は辞退される。本当にありがたい。出世払いができるかどうか分からないが、城内実としてはせめて講師の先生方の著書を宣伝したい。
                             2月15日(木)
 
 

かんじのはなし

 今日小学校一年生の長男の国語の教科書をたまたま見て、唖然とした。
 『こくご(一)下』(光村図書)の十六頁に「かんじの はなし」というのがあった。(以下引用)
「かんじは、はじめは、かんたんなえのような ものでした。「やま」の すがたから、「山」という かんじができました。「みず」の ながれる ようすから、 「水」と いう かんじが できました。 空から「あめ」が ふる ようすから、 「雨」と いう かんじができました。(以下省略。スペースはそのまま。)」
 これを見て漢字の話をしているのに、漢字を「かんじ」とし、簡単な漢字までひらがなで書いているので笑ってしまった。小学生一年生で習っていないからといってなぜひらがなにするのだろうか。読み仮名すなわちルビをふれば良いではないか。
 今からおよそ八十年前の昭和二年十二月発行の菊池寛著、文藝春秋社刊『日本建國童話集』(小学生全集第六巻初級編)という小学校低学年向き(一年?二年)の本が手元にあるので紹介する。
 「お崩(かく)れになつた伊邪那美命(いざなみのみこと)は、この世界(せかい)を去(さ)つて、遠(とお)い遠い黄泉國(よもつくに)に行つてしまはれました。たつた一神(ひとり)になられた、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、淋(さび)しくて淋しくて、とうとう我慢(がまん)が出来(でき)なくなりました。」(同書、十二頁。( )内はふりがな。)
 亡き父方の祖父は尋常小学校卒である。しかし、当時小学校を卒業しても充分な学力(読み書きそろばん)があった。松下幸之助翁しかり。
 『小学生全集』の上級編(小学校三年?)には現在の中学生、高校生程度(ひょっとすると大学生?)の程度の書物が並べられている。例えば、『極地探検記』、『園藝と家畜』、『源平盛衰物語』、『西洋偉人傳』等々。
 私が文部科学大臣であれば、小学校一年の国語の教科書を下記のように書きかえさせる。
 「漢字(かんじ)は、初(はじ)めは、簡単(かんたん)な絵(え)のようなものでした。「山(やま)」の姿(すがた)から、「山」という漢字が出来(でき)ました。「水(みず)」の流(なが)れる様子(ようす)から、「水」という漢字が出来ました。空から「雨(あめ)」が降(ふ)る様子から、「雨」という漢字ができました。(以下省略)」
 要はよみがなをふれば良いのである。漢字は象形文字である。若い頃の脳が柔軟な時期から視覚に訴えさせてはどうだろうか。
                                2月13日(火)
 

小春日和

 今日は大変暖かい一日であった。これも温暖化のせいだろうか。元旦からほぼ毎日市内の各所で街頭演説を行っているが、これまで寒さと戦いながらやっていたが、今日はぽかぽかと暖かく一番楽な街頭活動であった。
 地元の山間地域に住んでらっしゃる支援者によると、暖冬のおかげで野生の動物が元気に畑を荒らし回っているそうである。本来冬眠に入るはずの熊などの動物が異常に高い気温のせいで冬眠せずにいるという。
 欧州における熱波といい、地球環境がおかしくなっている。それには原因がある。一つは、地球最大の二酸化炭素排出国の米国と中国が京都議定書に参加していないということにある。もう一つは、行きすぎたモノやカネ中心の物質文明が極限まで達したことにある。21世紀は心(=人情、義理、精神、愛、平和、和の精神)や環境といったモノやカネには容易に換算しがたいものがより尊重される精神文明の時代になろう。
 物欲中心の自分だけあるいは、自分の家族、所属の団体・宗派・結社だけが生き残れば良いといういうような、極端な個人主義的、利己主義的な醜い争いをやめよ。今こそ天の意思に従い、地球規模、宇宙規模の発想で平和の道、共存共栄の道を探るべきである。
                                    2月10日(土)

朝起きは三文の得

 昨日は、朝5時に起きて市内のホテルで朝6時から一時間弱「日本の改革のゆくえーその一」という演題で講演した。早朝にもかかわらず会場は100名を超える聴衆で満杯であった。立ち見の方もいらした。
 講演を終えてホテルで朝食をとり、車に乗ろうとしたら朝日がさっと差してまぶしかった。立春を感じておもわず感謝した。
 その日の午前中は市内の○○地区を廻り、午後は○△地区を廻った。夜は○□○区のみなさんと懇談をし、21時には○×■で仲間とともに23時過ぎまで酒を飲んだ。阿部卓也氏も遅れて来た。今年一月のお伊勢参りからおよそ10年ぶりに一週間ほど禁酒を続けたが、意志が弱いせいか○×■でお酒を飲んでしまった。酒を飲んだら車を運転して帰れないので、運転代行をよんで家に着いたら夜中の12時を廻っていた。まずいと思った。夜は早く寝ないと朝起きられない。
 人間は日の出とともに起き、日の入りとともに寝るのが良いという。たしかにそうかもしれない。明日は早起きしなくては・・・・。
                               2月8日(木)
 

遠州産とらふぐと三ヶ日みかん

 地元の舞阪の若手の漁師さんのお誘いで今日の昼、ふぐの漁船が漁港に戻って釣ったばかりの遠州産のとらふぐ積み出しせりにかける様子を見学させていただいた。
 長さにして三尺(約90センチ)ほどもある大きなとらふぐをとってきた漁船もあった。一匹何万円もするらしい。それでも今日は風も少なく久々の漁であったが、5匹しかとれなかった船もあった。小さいふぐはとれても海に放してしまったという。
 ひと昔までは、遠州灘でとれたふぐは下関に運ばれ、下関産のとらふぐとしてブランド化されて売りにだされた。みかんも同様である。静岡県西部ではみかんというと三ヶ日のブランドが全国的にも有名であるが、そのとなりの細江町のみかんやネーブルの生産農家も三ヶ日町に負けず劣らない柑橘類を生産している。その証拠に今年も細江町から呉石のAさんの温州みかんと湖東のFさんのネーブルが皇室に献上された。それでも、つい最近まで三ヶ日ブランドを使って細江町のみかんが売られたそうである。いったんブランドが確立すると人は多少ものが悪くてもそのブランドゆえに商品を買う。かく言う私も携帯ストラップには三ヶ日みかんのマスコット「みかちゃん」をつけている。
 農産物は、まずは地産地消である。顔が見えるからである。だからこそ、小学校の給食には基本的に地元の野菜や果物を出す。そして、余裕あらばご当地ブランドをどんどん作って全国に発信するようにしたい。
                                    2月6日(火)