政治家(元衆議院議員)城内みのる、公式ホームページと政治ブログ 国家国民のために、信念を貫く男。万民幸福は私の究極の目標です。いかなる時も国家国民のため、信念を貫きます。

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今年はお世話になりました

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今年はお世話になりました

 今年は選挙区の静岡七区のみならず北は北海道から南は九州・沖縄まで全国の支援者の方々に応援していただいた。本当にありがたい。
 落選して人情を人一番感じた。私城内実を応援して下さる方は、損得勘定や理屈抜きに応援してくださる方ばかりである。全国のこうした方々のあたたかいご支援でなんとか今年を乗り切ることができた。改めて感謝申し上げる。
 佐田行革大臣の出処進退の問題が新聞をにぎわしているが、先般「日本売り」がお得意の竹中平蔵前大臣の盟友である本間正明政府税調会長が「入居資格のない女性」と官舎に同居したことにより辞任した。ホリエモン、村上ファンドと同じく共通するのは、「ばれなければなにをしても良い」、「俺には権力がついているからなんでもやりたい放題で何が悪い」というおごりである。
 ところで大手マスコミは「入居資格のない女性」というもってまわった表現を使っているが、、これって「お手伝いさん」とか「家族」でもなんでもない。要は良い悪いは別として日本語で「愛人」って言うと思うのだが、新聞は誰に気兼ねして「愛人」という呼称を使わないのか。安倍晋三総理かそれとも塩崎官房長官か?確かに官邸の怒りを買えば、独占企業の大手マスコミは記者クラブという前近代的な正真正銘の談合組織から排除されてしまうわけである。官邸の記者会見が一回だろうが、二回だろうがどうでも良いではないか。要は、マスコミが手玉に取られているわけである。マスコミの自己責任である。
 いろいろと言いたいことはあるが、今日はこのくらいにしたいと思う。
                                   12月27日(水)
 
 

師走

 気がついたらあと一週間で平成18年(=2006年)が終わる。23日は天皇陛下の誕生日でいわゆる旗日であった。
 25日はクリスマス。欧米人は一年で一番のお祝いをしていることであろう。今から16年前にドイツのアウグスブルクに留学したころの南ドイツの本場のクリスマスの風景を思い出す。だからこそ日本のクリスマスはしっくりこない。逆に欧米の元旦はいまいちである。
日本の元旦こそ世界で一番風情があるのではないか。支援者の方が門松を一対持ってきてくださるそうである。欧米の元旦には門松とか初詣などというものはない。
 欧米はクリスマス、日本は元旦。それでいいではないか。
                                12月24日(日)
 

伊勢神宮とお日様

 18日(火)から19日(水)にかけて伊勢神宮に今年のおかげ参りをしてきた。18日には、二見の興玉神社をお参りし、外宮を参拝。翌朝5時半に起きて内宮様を早朝参拝した。御正宮に続いて荒祭宮を参拝した。7時過ぎに宇治橋を渡って宿舎の神宮会館に向かった。
 すると宇治橋の鳥居にアマチュアカメラマンが大勢待ち構えていた。ふと鳥居の正面から東にむき直すとお日様がおもむろにのぼっていった。その瞬間は山の端から光が輝き、太陽が姿を現して鳥居の真ん中からずんずんとあがっていく。極めて神秘的な瞬間に立ち会うことが出来た。
 早朝の気温は3度と低かったが、その日は一日中快晴であった。「おかげ横丁」で買い物をした後、桑名の多度大社を参拝した。ここの本宮には天照大御神様の御子神様の天津彦(=日子)根命(あまつひこねのみこと)が、摂社美御前社(うつくしごぜんしゃ)にはその妹神の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)がまつられていた。
 大変充実した日を過ごすことが出来た。深く感謝した次第である。
                               12月21日(木)
 

日本の論点2007

 現在書店の店頭に『日本の論点2007』(文藝春秋社刊)並んでいる。執筆陣は日本の論壇を代表するそうそうたる方々ばかりである。
 この本を買おうとしていた矢先に、論点57の「少子化対策は効果があるか」を書かれた女性史家の山下悦子先生から一冊いただいた。
 ぱらぱらめくってみると、これまでこのブログで何度も紹介した『奪われる日本』(講談社現代新書)の著者の関岡英之氏が論点31で「米の市場開放要求の狙いとは」(副題:民営化の深層ー簡保を手中にした米国。あとは医療保険を落とすばかり)という論文を書かれていた。その中で私のことも紹介されておられた。大変わかりやすい論文なので時間があったら是非とも読んでいただきたい。
 先日関岡英之さんと電話で話をしたが、『奪われる日本』が全然売れなくなったとのことである。まだ読んでらっしゃらない方がいらしたら、是非とも最寄りの書店で購入の上読んでいただきたい。 
                                 12月17日(日) 

なんとか無事でした

 浜名湖の生牡蠣を食べてから24時間過ぎたが、何とか下痢もせずに無事だった。多くの方からノロウィルスに罹らないか心配だとのメールを頂いたが、全く平気だった。たまたま体調が良かったからかもしれない。(みなさんどうかまねしないように。)
 今日は雨が降っていたが、雨の中街頭演説をしていたらことのほか反響が良かった。その後地元のある地区でマイクを持って演説していると、向かいの建物の三階から今は亡き某地区青年部長のお父様が大声で応援して下さった。
 ありがたい限りである。大変目立つところにお住まいで、家の周りにポスターを貼っていけというので、遠慮しいしいポスターを数枚貼った。最近城内ポスターが地元に少しづつではあるが、貼られるようになった。あらゆる圧力をはねのけて城内実の緑のポスターを貼ってくださる支援者の方々は本当にありがたい。
 こうした方々に報いるためにも一生懸命地元のためにがんばりたい。
                              12月12日(火)

浜名湖の牡蠣

 今日舞阪町の有力支援者のWさんからとれたての浜名湖産の牡蠣を頂いた。数日前、なにげなく浜名湖のかき酢(酢がきともいう?)が食べたいと言ったら、わざわざ新鮮な牡蠣を届けてくれた。今日はまた三ヶ日の奥平山の支援者Kさんからミカンも頂いた。
 浜名湖産の牡蠣は本来は生食用ではない。が地元では結構生で食べているようである。私も「自己責任」で水で洗ってしばらく塩水につけて酢醤油に浸け10個ほど食べた。もしかしたらあたるかもしれないが、まあその時はその時でしかたがない。毎日ぶっ続けでここ一年間全く休日をとっていないので、牡蠣にでもあたってのんびり漫画でも見ながら入院できたらしめたものである。(このブログの読者のよい子のみなさんは決してまねしないように。生食用以外の牡蠣はきちんと火を通して食べましょう。)
 毎年冬になるとデリケートな気管支のためか、温かい室内から冷たい屋外に出ると咳が出る。が、ほとんど風邪を引かない。熱も出ない。不思議。持病は花粉症くらいか。
 これだけ、休みもとらずに体を酷使しているのに一応健康なのはなぜだろうか。思い当たるのは、朝起きて顔を洗って口をすすぎ(ここまでは誰でもやる)、シャワーで体を洗ってから(風呂といきたいところだが、節約のため)洗面器の冷水を三回浴びることを毎日かかさず続けているからではないだろうか。冷水を浴びる前にちょっとしたことを30秒ほど正座して行うのだがこれは企業秘密である。
 来年一月にはまた天竜川に入って「大寒みそぎ」をする予定である。体調が悪いと心臓麻痺をおこして死ぬかもしれない。
 自分は毎日お日様(別名お天道さま)に感謝するようにしている(曇りの日もあるが・・・)。さらに、日本の繁栄と世界人類の平和をお祈りすれば言うことなし。「病気になりませんように」とか、「病気が治りますように」とか、「お金がいっぱいもうかりますように」とか、自分だけのことを考えるのではなく、「どうか日本が繁栄しますように」とか、「世界が平和でありますように」とか「日本国民が幸せになりますように」などと他人の幸せを祈ればまわりまわって自分が幸せになるのではないか。 
 若い受験生の諸君も自分だけが合格すれば良いという考えではなくて、できるだけ仲間と一緒に合格できますようにと祈って欲しい。
 私も選挙で自分だけが当選できれば良いとは考えていない。勝つか負けるかではなくて、日本人の「和の精神」、「共存共栄の精神」を大事にしていきたい。
                                12月12日(火)

うさぎ当番

 今日は土曜日だが、小学校一年生の長男はうさぎ当番でうさぎのチップ、ララの小屋の清掃作業に行った。動物に対する奉仕活動は、人間愛や社会に対する奉仕の精神にも通じる。
 残念ながら昨今は、パソコン、携帯電話、テレビが青少年の心をむしばんでいる。これらは他者との関わりや対話よりも、アングロ・サクソン的な個人主義や利己主義を助長する。だからこそ、日本的な「義理、人情、礼儀作法、奉仕の精神、和の精神」といったものをもっともっと教育の現場でたたきこまなければならない。
 子供に勉学を教えるのも良いが、その前に他者に対する奉仕の精神を徹底的に幼少時からたたき込むべきであろう。その意味でもうさぎ当番などの奉仕活動は結構なことだ。
                              12月3日(日)

師走に想う

 12月になった。いつのまにか師走となった。今年もあと一ヶ月。来年は日本にとって心身ともに繁栄の良い年になること、世界人類が平和である年となることを祈りたい。
 20世紀のモノ、カネ中心の物質文明の時代から、21世紀には目に見えない心や人と人との信頼関係、人情、子供やお年寄りに対する慈しみの心、環境、平和といった損得勘定を超えた精神文明の時代が芽生えつつある。そのことに我々がまだ気がつかないだけである。
 幸せの基準も大幅に変わってくるであろう。右や左のイデオロギーを超えた新たな共存共栄の「和の精神」が地球を覆うであろう。道徳、倫理、モラル、人の道といった昔の日本が得意とした精神的なものがよみがえるであろう。
 憲法改正も国内的には重要かもしれないが、地球規模から見れば些末な問題である。むしろこれからは世界や地球に対する日本の本当の使命について真剣に考える秋(とき)がきているのではないか。そのことについては、今回多くを語らないが、「日本及び日本人よ、覚醒せよ!」と言いたい。
                       12月2日(土)