政治家(元衆議院議員)城内みのる、公式ホームページと政治ブログ 国家国民のために、信念を貫く男。万民幸福は私の究極の目標です。いかなる時も国家国民のため、信念を貫きます。

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吉田松陰先生

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吉田松陰先生

 最近人生の四分の一約10年間(昭和46~50年、平成2~7年)を過ごした第二の故郷(ふるさと)ドイツを思い出す。小学校一年から四年まで過ごしたライン河畔のドイツの片田舎のボン。日本から来た少年にとってはなにもかも新鮮であった。71年(昭和46年)に小さな東京の2DKのアパートからドイツのマンションに越してきた。全部で70平米くらいあろうか、ドイツの住宅の部屋があまりにも広々としていて驚いた。
 それから30年近く経つが、漢字もろくに書けなかった私がしがない落選議員とはいえよくここまで来たなと思った。字は未だに小学生程度の悪筆であるが、この年になって古事記の神代の巻をひもとき大和ことばのすばらしさ、言霊の神髄に触れるようになった。子供の頃はドイツ語で夢を見ていたような気もするが、ようやくこの年になって日本人になったと思う。
 吉田松陰先生の「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」というこの和歌を常に胸に秘め、いかなる艱難辛苦あろうともひたすら国家国民のためにぶれずに生きたい。たとえ人生短くとも真正日本人として自分の人生をまっとうしたい。
                               11月30日(木)  
 
 

今日の報道ステーション

 今日地元のある地区を一軒一軒廻った。そうしたら、東京のテレビ朝日の報道ステーションの下○○吾なるディレクターがどうしても取材したいと言ってきたので、日程をやりくりして取材に応じた。
 その中で、下○氏のインタビューに対し、私が何度も申し上げたのが、「平沼赳夫先生は本当に信念を通してあっぱれであった。感銘を受けました。」と言うことである。さらに、「城内さん、参議院選挙でるのでしょう。新聞にも載っていますよ。」と聞かれたので、「私は前回のあの異常な劇場型選挙で4万票差で負けたのなら参議院選挙に廻るか、政治の道を断念したかもしれないが、748票差という、町議会選挙でいえば、2~3票差の僅差で負けたので、次は堂々と衆議院の小選挙区で無所属で出馬するつもりです。」と言った。その後同じような質問を繰り返すので、「支援者の9割が参議院選挙に出ろというのなら、まだしも多くは小選挙区で出ろと言われているのでその方々の意見も尊重しないといけません。参議院選挙の選択肢もないわけではありませんが、まずないでしょう。」と正直に申し上げたのである。「安倍総理からもし参議院選挙に出ろと言われたらどうですか。」とも聞かれた。それについても私はきちんと答えたが、報道されなかった。偏った報道かどうかはみなさんの判断に任せる。
 本当に日本の一部のマスコミはひどい。この間の消えたブログの「真相○○。バ○○○○。」もそうだが(先方がわびをいれたので消したまでである。)、日本のマスコミはもう少しなんとかならないのか。
 そうこうする内に、支援者N氏から電話がかかってきた。
 「城内君、今の報道ステーションで、城内があたかも参議院選挙にでるのか。だったら応援しないよ。」
 城内曰く、「マスコミに都合の良いところだけ使われましたが、マスコミは視聴率をとることだけしか考えていないので、これはしかたがないことであります。ただ、スポンサーのことを気にしながらはじめからシナリオどおりに編集するものですから気にしないでくださいね。」。日本のマスコミも政治もこんなものなのか。つくづく驚いた次第である。
                               11月29日(水)

平沼赳夫先生あっぱれなり!

 復党問題で世間が騒いでいる。こちらはそんなことどこ吹く風、昨日の27日は適当にマスコミ数社の取材をこなし、いつもどおり、街頭演説、ミニ集会、支援者訪問をこなし、夜は近くの料理屋で「城内実をつまみにする会」の20名あまりの人達と懇談した。楽しい日々を過ごしている。
 今回誓約書を出した11名はそれぞれ個々人の事情があるから、誓約書の提出についてとやかくいうつもりはない。しかし、平沼赳夫先生一人だけ出さなかったのは本当にあっぱれである。感動した。
 そもそも、昨年の前代未聞の劇場型選挙の後、この11名は郵政民営化法案にいやいや賛成させられたのに、また誓約書を書かされたのだからたまらない。そこまでいじめをやるかという感じがした。政治がこうだから、学校でいじめによる自殺がはやっているのも無理はない。彼らは、昨年某自民党最高幹部から直前まで賛成しないと自民党に戻れませんよと説得を続けられたからやむなく賛成票を投じたのである。恥の上塗りとはまさにこのことをいうのではないか。
 今日も、すがすがしい朝を迎えた。家のまわりの小鳥たちはくだらない日本の政治の茶番劇をよそに今日もいつもどおりさえずっている。
 安倍政権が短命政権とならないことを祈るばかりである。
                           11月28日(火)
 

復党問題

 今日地元の鈴木英○さんが事務所に来た。昨日のブログの「復党問題はどうでも良い」なんて言っていいのかと言われた。
 まあそれも一理あるが、いまさらじたばたしたって何か変わるものではないと思う。それよりも、朝起きて太陽が燦然と輝き(今日はくもりであったが)、気持ちの良い朝を迎えればそれで充分ではないか。復党なんて二の次である。世間もマスコミの世論誘導で騒いでいるが、いわゆる「造反議員(不愉快な名称であるが)」が復党しようがしまいが、さして国民の生活に影響ないと感じていると思う。
 小学校一年生の長男も幼稚園生の次男も今日は勤労感謝の日(新嘗祭)で学校が休みであったが、地元を歩いて良い勉強になった。明日も気持ちよく早起きしたい。
                                11月23日(木)

秋ふかし

 暑い日が続いたが、ようやく秋らしくなっていた。今日は地元の110件程度の某集落を訪問した。お天気だったので、地元のひとたちはほとんんど奥外で農作業で外出中であった。
 復党問題については、天が決める問題のでどうでもよろしい。
 たとえどういう状況になろうとも、皆様にこれからも御支援、御鞭撻を宜しくお願いしたい。
                                 11月22日(水)

みかん切り

 昨日三ヶ日町の奥平山の山の一番上の支援者のみかん畑に行った。浜名湖を見下ろす風光明媚な畑である。かごを持ってみかん切りをさせてもらった。日が当たる方になっているみかんが甘くておいしいとか、みかんの切り方のこつを教えてもらった。10分ほどでかご一杯にみかんがとれた。それを家に持って帰ったら、子供達が大変よろこんだ。その同じ畑に今日は妻と二人の息子がみかん切りに行った。またまた我が家にみかんが来た。
 実は、昨日奥平山に日本テレビ系(地元は静岡第一テレビ)の「真相報道バンキシャ」の記者が東京から来て密着取材した。明日の午後6時から「笑点」のあとの午後6時から7時の間にその模様が放送されるそうである。お時間があれば御覧になっていただきたい。
                                 11月18日(土)  

なぜ自殺するのか

 中学生の自殺が話題となっている。本当に悲しい。よってたかって正義感の強い人間を数にたのんでいじめる。民主主義も数が集まれば暴力になる。
 地元のある方が曰く、「昨年の刺客を送った選挙もいじめそのものである。T幹事長(当時)が浜松に来て、城内実は二重人格者で度重なる問題を起こした。」とか、関岡英之氏の『奪われる日本』でもおなじみの竹中平蔵大臣が来て、「城内実は抵抗勢力だ。」と烙印を押していただいた。N現最高幹部に至っては「城内は増長しているとんでもない人間だ。」というようなことを言い放った。
 日本人の武士道精神があれば、いじめのような卑怯なことはしないはずである。『国家の品格』の著者の藤原正彦先生も述べているように「惻隠の情」というものがなくなっている。T前幹事長にしても、森元総理の頃に加藤の乱に荷担しようとした反党行為では除名されてもおかしくないおひとである。N○○委員長にしてもつい最近までは、反自民の急先鋒であった。国民はもうお忘れか?
 要は国民がなめられているのである。へたなパフォーマンスで過去の事実を忘れているとでも思ってばかにされているのである。
 若い世代も政治がよってたかって真の国益重視派をあたかも抵抗勢力のように言い放ち、対米追従売国派勢力をあたかも改革派のように装っていることにようやく気がつき始めている。
 これから政治はおもしろくなる。城内実が死すとも後を続くを信ずるばかりである。
                                11月18日(土)

花の舞

 11月11日(土)の夜に旧佐久間町の「今田」という集落に何百年も代々伝わる五穀豊穣のお祭りに行った。夕方から始まって夜中の2時近くまで続くお祭りである。クライマックスの鬼が斧を持って出てくるまで、じっと何時間も待つのである。旧佐久間町の花の舞というと、今田の他には川合と峰が残っていたが、後継者不足で今年から峰の花の舞はなくなったとのことである。本当に残念である。愛知県の東栄町にも花祭りとい花の舞とおなじような行事が10近くあるという。
 翌日の12日(日)には、飯田線の相月駅の近くの「島」という10数件の集落のお祭り後の直会の席に出席した。「島」の神社を何代も守っている三井宮司の話によると、日本広しと言えども、山間地で「島」という名称の土地はないとのことである。確かに川が屈曲したところの集落であるから、ある意味で孤島のような地区である。
 この「島」のお祭りは秋のお祭り以外にも、毎年6月に祇園祭が行われる。この地には京都の三条家の関係者が逗留し骨を埋めたことにより、はるかかなたの京都から使いが来た土地だそうだ。
 こうしたふるさとの伝統文化をしっかりと守っていきたいと思う。
                               11月14日(火)

新月材

 昨日選挙区の北端の水窪町にて水窪夢街道というイベントがあったので1時間半かけて同町に出かけた。かつては、天竜美林で有名な天竜川沿いの集落である。
 そこのイベントで新月材についての資料を配っている森下さんという人がいた。新月材というと、日本人にはなじみは少ないが、私は10年ドイツ語圏にいたので、「Neumondholz(=新月材)」というものについては多少知識があった。
 驚くなかれ、新月材とは新月の日に伐採して作った材木であるが、満月の日に伐採した材木とでは全く違う。オカルト的であるが、新月材はシロアリに食われることは少なく、何年も丈夫にもつというのである。科学的には証明できていない。ただ事実のようである。ある方が言うには、新月はこれからどんどん満たすプラス(陽)のパワーを秘めているが、満月からはじまればどんどん欠けていくばかりのマイナス(陰)の気を含んでいる。だから新月材はパワーを持っているので、虫食いや腐食に強いのだそうだ。
 いずれにせよ、こういう未知の分野についてもこれから大いに科学的に証明される時代が来るであろう。                  11月6日(月)

父上、母上ありがとう

 昨日夜私の選挙区の水窪(みさくぼ)町に行った。水窪町は、私の事務所から車で1時間以上かかる山間地域である。昨年の選挙で選挙運動用の車の運転を担当してくれた水窪町j落方で土木関係の会社を経営している私の弟分の山○功君のお母様が亡くなった。そのお通夜のために急遽水窪に行ったのである。
 功君はまだ30代であるが、10年ほど前にお父様を亡くし、このたびお母様も逝去された。功君が「お母ちゃんが死んじゃったよ」と泣いていたよと一昨日水窪の支援者から電話があったので、日程を変更して水窪に入った。
 功君に会って開口一番「・・・・・・気を落とすなよ・・・」それしか言えなかった。なんて言って良いのか、言葉が出ないのである。なぜなら、その瞬間もし自分がその立場であったらと思ったら、胸がぐっとつまったからである。
 私の両親ともまだなんとか生きているが、父も病気をかかえ、母と来たら特定疾患で寝たきり寸前である。いずれ、自分も両親とお別れの時がくるのである。心の準備もしなければならない。
 自分もいつか、妻とかわいい息子たちとこの世の別れのときがくる。その時に子供達に言うべきは、「自分のことだけでなく、世のため人のために尽くす人間になれ。二宮尊徳の教えを子や孫に教えろ。」、「損得勘定だけでなく、日本人の美徳の義理と人情や和の精神を大事にしろ。」、「人類地球の争いのない平和のために尽くせ。」。こうしたことばを自分の遺言として残したいと思う。 
 海よりも、根の国底の国よりも、もっともっと深い両親の愛に感謝しつつ、今日の一日を終えたい。
 功君のお母様のご冥福を心よりお祈り申し上げる。
                                11月3日(金)