今日地元のある地区を挨拶廻りした。日もくれて暗くなったので、住宅密集地を避けて浜名湖の沿岸部の通りの集落を西から東へ一軒一軒廻ることにした。
五件目くらいのお宅の玄関に入ったら、いきなり何で「うちの敷居をまたいだのか。おまえなんかとっとと帰れ。」と言われた。その方(Y氏)曰く、熊谷弘元代議士を10年以上応援し、その後私の選挙も応援してくれて、前回の選挙で何日も地元や知り合いを頼んで歩いてくれたという。私は無礼にも、落選して一年経って初めてこの方に挨拶に来たわけである。その方は浜名湖で漁師をしており、また畑を持っていて農業にも携わっている大正生まれの80歳の方である。見た目はどう見ても60代くらいにしか見えないが、日焼けした顔には人生のさまざまな苦労を経験した素晴らしい男の顔がある。
いろいろとお説教を聞かされたが、人生の先輩からの言葉は重みがある。30分以上お小言を玄関先で聞いていると、おいしそうな夕餉のにおいがした。「台所から良いにおいがしますね」と言うと、「おまえ飯食っていけ」という。ちょうどおなかもすいていたので、24歳の良く働く秘書のN君と一緒にごちそうになった。Yさん曰く、「ろくなものがないが食べていけ」と言われた。長野県でとれたきゃらぶきや金山寺味噌、自家製のらっきょう、梅干し、鯖の味噌煮などなど本当においしかった。お米も自家製の新米だからおいしい。ついおかわりをした。しまいにはおかわりのごはんもすっかりなくなった。
私はどちらかというと、美食家ではない。粗食をむねとするが、ある意味では贅沢である。お米や野菜も支援者の方が丹誠込めてつくった最高のものをいただいているし、味噌や醤油も小さなお店がつくっているものをわけてもらっている。
飽食の時代にあって、一番贅沢なのは、おいしいお米とおいしい水ではないだろうか。もっと贅沢なのは、おいしいお米と水でつくったお酒である。おいしいお米があれば、ちょっとした漬け物で充分である。お茶もおいしい山の水があれば都会で飲むよりも100倍おいしい。
Yさんのお宅を出る際に、お米を半俵(約30キロ)いただいた。苦労して収穫したお米を頂いたわけである。本当にうれしい。私も、見よう見まねで田植えをし、収穫もした。しかし、毎日毎日、作物をしっかり育てている本職の方々にはかなわない。頭が下がる思いである。
こうした一生懸命農作業や漁業にいそしんでいらっしゃる方々のためにも、しっかりとした血の通った政治をしていきたい。
Yさん、おいしい夕ご飯ありがとう。
10月31日(火)
Archive for 10月, 2006
夕飯
『奪われる日本』を注文しよう!
先般、『奪われる日本』(関岡英之著、講談社現代新書¥735)が週間ポスト誌上の実用書の売り上げでベスト9位になったとお伝えした。
ところが、インターネットのアマゾンでは、現在売り上げで4000位と低迷している。つい最近までは、300~700位と結構好調であったが急に落ちてきた。
アマゾンはアメリカ資本であるからなかなか関岡英之氏の『拒否できない日本』や『奪われる日本』のようなアメリカと日本の関係の問題点をするどく突いているような本は、表だって売れないのだろうか。
このブログの読者の方で、近所の本屋で『奪われる日本』が売っていなければアマゾンで注文してみたらどうか(既に『奪われる日本』を購入した読者も是非、知人、友人を啓蒙する意味でさらに2冊目、3冊目を購入いただきたい)。毎日日本全国から数多くの方がこのブログを御覧になっている。ここまで書いてアマゾンの順位が上がらなかったら何かおかしいと思うが・・・・。
10月29日(日)
子供の発熱
昨日の夜から5歳になる私の次男康徳(やすのり)が40度近い高熱を発した。今日は日曜日で近くのお世話になっている小児科は休みである。そのため、遠くのお医者さんのところに行った。
現在小児科や産婦人科のお医者さんは休みも少なくてきつくて大変な仕事であるそうだ。しかし、少子化時代にあっては、小児科や産婦人科のお医者さんの体制がしっかりしていなければいくら国が子育て支援といっても絵に描いた餅である。
子供は国の宝である。だからこそ、国は小児科や産婦人科のお医者さんをもっともっと優遇しなければならない。先月私の学校の同級生のY君の結婚式に出席したが、彼は横浜で眼科をやっている。眼科も重要な仕事であるが、24時間体制の小児科や産婦人科の大変さは比べものにならないそうだ。
私も次回何とか当選したら3人目、4人目、最終的には5人くらい子供が欲しいと思っている。今は生活が大変なのでとても3人目は無理であるが、妻よりも年上の秋篠宮妃殿下紀子様の親王殿下ご誕生という実例もあるので、がんばりたいと思う。
10月29日(日)
『奪われる日本』を読んで
この城内実のブログの読者から毎日のように『奪われる日本』(関岡英之著、講談社現代新書、¥735)についてメールが来る。以下で代表的なものを一つ紹介したい。
『奪われる日本』を読んで。
「年次改革要望書」を多くの国民に知らしめた事は国民にとり有意義なことだと思います。先の「郵政民営化法案」に反対されました多くの先生方は「国家国民のために行動されたのだ」と伝わる内容だと思います。
内容は、この国をアメリカ合衆国の州にしようとしているアメリカ合衆国政府の野望を明らかにしています。アメリカ合衆国政府は特定の団体・企業の代表者でありアメリカ合衆国の数%の人が多くの国民を支配していることでも解ると思います。
この様な国に国民の社会的インフラを解放し牛耳られてはこの国の形・ありようが根本から崩れてしまうことを痛切に教えてくれる本だと思います。
自分の妻・子供・孫や日本のあるべき姿と平和のためにもご購読され「真っ当な国」を国民の手で創る第一歩として多くの方々が読まれることをお勧めします。
城内コメント:よくアメリカ合衆国は日本を51番目の州にしようとしているという見方がありますが、私はそんなことは決してないと思う。仮に日本が51番目の州になれば、アメリカを支配しているアングロ・サクソンやユダヤ系の人たちが人口1億以上もある「内部」の日本人の意向を無視できなくなる。
日本がアメリカの州としてよりも、いわゆる同盟国(時には属国)として日本が存在する方が都合良く「外部」からコントロールできるわけである。このしたたかさは「和をもって尊しとなせ」の島国の日本人にはなかなか理解しがたいであろう。
私は反米派でも嫌米派でもないが、好むと好まざるとにかかわらず現時点ではアメリカとは切っても切れない関係にあることは間違いない。
10月28日(土)
世界史よりも日本史を
いくつかの高校において、生徒が必修科目の世界史を履修せずに実際は選択科目の日本史を履修しために(名目上は世界史を履修)、来年三月に高校を卒業できなくなるという記事が新聞紙上をにぎわした。
確かに、現行の指導要領に基づけば、世界史は必修科目であり、必修科目を履修していないものは卒業資格がないと言われればそのとおりかもしれない。
しかし、伊吹文部科学大臣が先般述べたように、そもそもなぜ世界史が必修で日本史が選択科目なのか理解に苦しむ。なぜ必修科目と選択科目に別けられているのか。世界史と日本史の場合はむしろ、日本史が必修で世界史が選択科目であるべきではないのか。
私が高校生の頃は、学校で日本史、世界史、地理B、倫理社会を全て履修した(他には政治経済)。社会科の科目のなかで一番必修にすべきは日本史ではないかと考える。
前にも触れたが、今や国際化の時代だからこそ、国際人としての日本人は自国の歴史や伝統文化について語れなければ外国人から軽蔑される。世界史の知識が極めて豊富な日本人であっても、日本史の知識に乏しければ、外国人から見れば単にうさんくさい外国おたくの日本人にしか見えない。
だからこそ、日本人たるもの世界史よりも日本史をしっかりと学ぶべきである。ついでに言うと、日本の小中高生はその他大勢の言語のなかから「日本語」を学んでいるのでなく、「国語」を学んでいる。同じように、「東洋史」、「東欧史」、「ラテンアメリカ史」、「アフリカ史」「アメリカ史」等々の各地の歴史の中から「日本史」を学んでいるではなくて、「国史」を学んでいる。
自国の言語は「国語」であり、自国の歴史は「国史」である。こうした主体的な名称を使うべきではないだろうか。
10月27日(金)
万民の幸福
今日も街頭演説をした。多くの方々から手を振って頂いた。本当にうれしい限りである。私の活動を支えているのは、「お金」ではなくて「城内実がんばれ」という地元や全国の方々の「心」、「義理、人情」である。
先月支援者の方々と一緒にタクシーに乗ったら、なんとそのタクシーの運転手の方が売り上げ代金¥2400の内から¥2000円を個人寄付すると言って頂いた。一緒に同乗していた某出版社幹部のSさん他は驚いていた。この他にも年金生活しているおばあちゃんから毎月年金から¥1000寄付したいと申し出があるなど、毎日いろいろな方から応援して頂いて、本当にありがたい。と同時にそこまでして頂いて申し訳ない。
「お金=物質」も生活する上で大切であるが、私は「心=精神、人情」を重んじる人間である。
日本人は古来、「和の精神」を大事にしてきた民族である。前福島県知事が逮捕されたが、現代のいろいろな社会的な事件も行きすぎた拝金主義や物質文明によるところが大きいと思う。
ある人が言うには、お金にも「きれいなお金」と「汚いお金が」あるらしい。「きれいなお金」にかかわっている人はその人または子孫を幸福にし、「汚いお金は」がらみの人は不幸になるという。本当かどうかにわかに信じがたいが、同じお金でも汗水たらしてきちん稼いだお金と、悪いことをして稼いだお金は確かに違うと思う。
だからといわけではないが、今日地元の浜松駅内の「ドトール・コーヒー」で飲み物を注文した際に、おつり+αを募金箱に入れた。ささやかな慈善活動である。
万民の幸福のためにこれからも、お金よりも心を大切にしながら、がんばりたい。
11月25日(水)
『奪われる日本』ついにベストセラー
これまで何度か関岡英之著『奪われる日本』(講談社現代新書、¥735)を紹介してきたが、今週の週刊ポストの「ポスト・ブック・レビュー」でついに9位にランキングされた。発売二ヶ月弱で既に5万部突破している。もちろん、ランキングの一位は安倍晋三総理の「美しい國へ」である。
紀伊國屋新宿本店、三省堂神田本店、東京旭屋池袋店、虎ノ門書房本店、福家書店銀座店、八重洲ブックセンター八重洲店といって有力書店のランキングを集計したものであり、1書店のみランキングしている本(ランキングのためのやらせの集団購入)は除外しているというから本当に売れ始めている。ついに220万部の藤原正彦先生の『国家の品格』を現時点で超えた。 大変結構なことである。
マスコミ界から黙殺されているこの『奪われる日本』は、全国で反響を呼んでいる。昨日も20名前後の会合で『奪われる日本』を紹介したら、既にこの本を読んでいる方がいた。
マスコミが黙殺しているこの『奪われる日本』を是非このブログの読者の方に友人知人やネットで引き続き宣伝してして頂けないだろうか。もしみなさんの近くの本屋の店頭に置いていなければ、ランキング9位の売れ筋の『奪われる日本』を何で平積みして売らないのかと店主に働きかけて常時30冊くらいおいてもらうようにして欲しい。
みなさんとともに『奪われる日本』をベストセラーにしようではないか。
10月21日(土)
街頭演説
今日も地元の交差点で街頭演説をやった。最近ほぼ毎日街頭演説を行っている。一年前と比べると本当に道行く大勢の人たちから手を振っていただき大いに励まされている。
城内実の活動を支えているのはお金ではなくて、こうした地元や全国から励ましの言葉をかけたり、手を振ってくださる方々である。そういう意味では何の物質的な得にならないけれでも気持ち(義理人情)で応援してくださる方こそ本当の支援者である。
私は現職の頃、資産公開ではないないづくしの一番下のグループに属する国会議員であったが、それでも権力側からのインサイダー情報を利用した財テクも全くやらずに、地元では一回も資金パーティーを開かなかった。票もカネも取ろうというのはあんまりだと思ったからである。
それでも後援会の活動費をかせぐためにも、来年あたり一人1000円会費の資金パーティーを地元でやろうかなと考えている(通常パーティー券は2万円前後)。
志のある方は是非ご参加願いたい。
10月20日(金)
子供のしつけ
今日の夜、家に帰ってきて小学校一年生の長男と幼稚園生の次男と子供部屋の片付けを一緒にした。子供たちは折り紙が好きなので床に折り紙が散乱していた。また、本もあっちこっちにころがっている。足の踏み場もない。
折り紙については、一枚一枚大切に使いなさい、本もきちんと本棚に入れて決して足で踏んではいけないよと教えた。当たり前のことでも毎日叱ってあげる時間がないのでしつけがおろそかになっていた。が、たまに叱ると子供たちもしっかりと父親の言うことを聞く。
我が家は、私が忙しさにかまけて子供のしつけは妻にまかせっきり、まるで母子家庭のような環境にある。、妻が父親代わりに子供たちを叱っているが、本来の家庭は父親が厳しく、母親は優しく子供たちを育てるという役割分担が出来ている。
いくら忙しいといっても時間はいくらでも作れる。今日からしっかりと子供たちと対面して時には厳しく、時には優しく接していきたいと思う。
10月18日(水)
吟行
今日は秋晴れの良い天気であった。地元の俳句の会『水鳥』(主宰:井村経郷先生)のみなさん約80名と引佐峠から旧姫街道を西の三ヶ日町駒場まで吟行した。
さわやかな天気の下、山道を歩いた。途中「像鳴き峠」を通った。地元の三ヶ日の郷土史家の藤田正夫先生によると、江戸時代に京都から江戸の徳川将軍へ珍しい象を献上するために西から東へ移動させその際浜名湖の今切を通らずに内陸の姫街道を通ったとのこと。象は急勾配の山道だったので苦痛で鳴いたことから「像鳴き峠」という名前がついたそうである。日本全国広しと言えども象の名前がついている地名はここしかないという。
ところで、旧姫街道での吟行における私の拙い一句を披露する。
落ち葉踏み峠を越えし秋の風
10月15日(日)


