食生活
落選してから生活は苦しくなったのではといろいろな方に言われるが、そうでもない。一部のマスコミは私が落選したから今の家賃6万円の住居に引っ越したとおもしろおかしく報道したが、実際は現職国会議員の時に節約のために借りたのが現在の我が家である。もともと現職のころから衣食住にはあまりお金をかけなかった。
最近妻が食料品を買いにいく回数がぐんと減った。近所の農家の方から野菜をいただいたり、地元をはじめ全国の応援して下さる方からお米をいただいたりしているからである。そういう意味で本当に食生活は豊かになった。
もともと私を含め家族は粗食を旨とするのが信条である。粗食といっても、できるだけ無農薬、減農薬の玄米や旬の野菜と味噌汁、漬け物、納豆や地元の漁師さんからいただく魚介類(あじ、たい、しらす、アサリ、車エビ、のり)、あとは地元の山のお茶とみかんである。肉はごくたまにしか食べないし、油ものはあまりとらない。それでも食材はかなり高級である。
どんなに見てくれの良い安価な農薬と保存料付けの外国の農産物よりも、地元の農産物の方がはるかに美味しい。なぜか。それは故郷に坐す神様の恵みに感謝しつつ、その農産物を頂くからである。
最近はなすとピーマンの季節なのでよく近所の支援者の方から朝とりたての旬の野菜を頂く。商品価値のないような形の悪いものも混じっているが、そんなのはどうでもよい。形が悪くても、心を込めて我が家族のために朝収穫して自宅まで持ってきてくださったその人の気持ちがこもっていればそれで十分である。同じ野菜でも、スーパーの野菜とは違った暖かい心を感じる。
だから日本人は原点に立ち返って価格という尺度でなく、同じ共同体の仲間である農家の方々の素朴な生き方に敬意を表しようではないか。そして今こそ地産地消を奨励すべき時なのである。
9月27日(水)
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「食生活」このような記事を読んでいますと。地元の事や、ご子息の事や、自然に囲まれた、生活のこを考えますと。「都心」という所は、幼児期や、少年期、の人格形成において、無秩序にもおもえるような?「都会」という、言わば、コンクリート、砂漠、というか、ビル郡の、息詰まるのような、生活は、ご子息にとって、好ましくないと思いますが、「家庭」という、家族生活の、ジレンマともいえる、問題が、大きな壁が立ちはだっていていると思いますが。妙案は、ないものでしょうか、かといって、二重生活もそうぞう以上に、負担と
労苦に時間が、奪われがちで、余計な雑念も否めないし、ご両親のこともあるし、人に言えない、苦労もありますし、かといって「親孝行」をしないと、後悔しかねなし、ホントに自由のない、生活でご苦労の多いことと思います。「住めば都」といえども、どうも先生には、都会暮らしもあいそうもなく、自分ながら悩んでいるいる所です。自然の摂理は、驚嘆するほど、人類に、さまざまたことを教えてくれるし、都会では、そうした、金銭では買えない、人生観、というか、自然があるから、さまざまな、生命態が生きてゆけることに、畏怖することもありますし、ほんとうに、考えさせる問題ですね。自分は、国鉄職員の父で母は上京してまもなぐ、長い病床で亡くなりその時は、真っ暗というか、1つの夢がはかなく消えた経験がありますが、十五六歳では、時期にかなった、知恵もなければ、ただ、自己矛盾のうちに過ぎたような、後悔が多いですが、先生には、普通を超えた、知恵と力量の賜物をお持ちだと思いますので、完璧とは申しませんが、是非、自然と共和した、政治家といえども、悔いの無い人生をまっとうして戴きたく、無学のあさはかな、考えを一読くださればと思い、筆をとった次第です。確かに、「霊的」な事柄は、神の存在を受け入れないと、真理には到達しませんが、数知れないほどの邪教(大いなるバビロン<比喩)の世界にあって、それらのほうへ、誘引されるほうが、多数をしめるのもたしかとは思います。政治に限らず、あらゆる分野において現存していますが、しかし、人間、無宗教というひとは、一人もいないです、人生の終わりには、だれしも、神にいのると思います。つまり人間には、フロッピーされているというか、隔たりのある進化論など受け入れ様も無い、仮設で、人類を惑わしているもだと思います。故に信じがたい争いや、惨虐さがはびこるとおもいます。政治、経済、宗教の三大要素は、人類始まって以来のこで、自分自身は、あらゆる政治体制によって、邪教活動は、天の裁きとなり、活動停止になるのではと思っている一人ですが。おなじことを世界中でのべつたえている、数百万のひともいるのはじじつですが、政治に身をおいたのであれば、公正と義をもとめ、過度の労に留意されご健康と、みなさまのご多幸をお祈り申し応援の言葉とかえさせていただければ幸いです。 敬具
「食生活」このような記事を読んでいますと。地元の事や、ご子息の事や、自然に囲まれた、生活のこを考えますと。「都心」という所は、幼児期や、少年期、の人格形成において、無秩序にもおもえるような?「都会」という、言わば、コンクリート、砂漠、というか、ビル郡の、息詰まるのような、生活は、ご子息にとって、好ましくないと思いますが、「家庭」という、家族生活の、ジレンマともいえる、問題が、大きな壁が立ちはだっていていると思いますが。妙案は、ないものでしょうか、かといって、二重生活もそうぞう以上に、負担と
労苦に時間が、奪われがちで、余計な雑念も否めないし、ご両親のこともあるし、人に言えない、苦労もありますし、かといって「親孝行」をしないと、後悔しかねなし、ホントに自由のない、生活でご苦労の多いことと思います。「住めば都」といえども、どうも先生には、都会暮らしもあいそうもなく、自分ながら悩んでいるいる所です。自然の摂理は、驚嘆するほど、人類に、さまざまたことを教えてくれるし、都会では、そうした、金銭では買えない、人生観、というか、自然があるから、さまざまな、生命態が生きてゆけることに、畏怖することもありますし、ほんとうに、考えさせる問題ですね。自分は、国鉄職員の父で母は上京してまもなぐ、長い病床で亡くなりその時は、真っ暗というか、1つの夢がはかなく消えた経験がありますが、十五六歳では、時期にかなった、知恵もなければ、ただ、自己矛盾のうちに過ぎたような、後悔が多いですが、先生には、普通を超えた、知恵と力量の賜物をお持ちだと思いますので、完璧とは申しませんが、是非、自然と共和した、政治家といえども、悔いの無い人生をまっとうして戴きたく、