2006-09-30 21:54 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
以下で『通販生活ー秋号』を読んだ方のメールの一部を紹介する。
①読ませていただきました
城内みのる様
「通販生活」秋号 人生の失敗 読ませていただきました。城内さんの生い立ちから今日に到るまでの歩みがわかると同時に実によく素顔が伺え興味深く読ませていただきました。
「出たい人より 出したい人」、「人生 平均すれば一勝二敗」、「要領悪いし、不器用かもしれないが清濁併せ呑まない訳じゃない」、「自分の信念とか国家観、ビジョンがあるので政治は自分に向いているんじゃないかと思っている」、「土壇場で賛成に廻った同僚議員を、卑怯だと思いません。その人はその人、私は私です。但しあの時取った行動に関しては今後きちんと総括されるべき。」等々小生にも考えさせられる一言二言であります。
政治の世界は実にどす黒いもので、城内さんの持ち味である「爽やかさ」とは最も遠いところにあるものではないでしょうか。権力闘争の極地とも言える政治の世界に今後どう立ち向かわれるのか心配であり期待大でもあります。
城内さんの飾り気のない本音がうかがえて近年味わうことのない「爽やかさ」を久しぶりに感じさせていただきました。
お元気でご活躍ください。こ家族を大切に。
9月27日(水) ○田○史 拝
②応援し続けます(通販生活読みました)
城内先生
ブログで紹介されていた、通販生活の中の記事を読みました。「上の言うことを100%聞くのであれば、国会議員は要らない」まさにそう思います。もっと言ってしまうと、「国民の声にしたがって決めるのなら、首相も幹事長も要らない」とさえ、最近は感じてしまいます。民主主義もここまで乱用が進むと、帝国主義より危険ですね。
「過去の国民が築き上げてきたいいものはきちんと守りながら行かなきゃいけない」も本当にそう思います。その瞬間自分にとっての損得のみに基づき、過去の伝統を平気で切り売りするような、近視眼的・自己中心的な風潮が多すぎると思います。
さらに問題なのは、こういう風潮をまるで「勝ち得た」ものであるかのように、当事者のみならずマスコミまでもが喧伝することですね。
こういう方向への社会変化は、物理学で言うところの「不可逆変化」だと思います。「放っておいても容易に進が、元に戻すのは非常に困難」な変化です。
不可逆変化に堂々と立ち向かっている先生には改めて敬意を表します。まだ何もできなくて申し訳ございませんが、これからも応援し続けます。
2006.9.28(木) ○木○孝
多くの方々のご意見に感謝申し上げる。引き続きご感想宜しく御願いしたい。
9月30日(土)
2006-09-29 08:47 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
先日皆様にご紹介した『通販生活ー秋号』や『奪われる日本』(関岡英之氏著、講談社現代新書、¥735)を読んだとのメールを多数頂きました。本当にありがとうございました。
その中の一部をこのブログで今後紹介していきたいと思います。
9月29日(金)
2006-09-27 22:17 by 城内 実 ・ カテゴリ»
その他
落選してから生活は苦しくなったのではといろいろな方に言われるが、そうでもない。一部のマスコミは私が落選したから今の家賃6万円の住居に引っ越したとおもしろおかしく報道したが、実際は現職国会議員の時に節約のために借りたのが現在の我が家である。もともと現職のころから衣食住にはあまりお金をかけなかった。
最近妻が食料品を買いにいく回数がぐんと減った。近所の農家の方から野菜をいただいたり、地元をはじめ全国の応援して下さる方からお米をいただいたりしているからである。そういう意味で本当に食生活は豊かになった。
もともと私を含め家族は粗食を旨とするのが信条である。粗食といっても、できるだけ無農薬、減農薬の玄米や旬の野菜と味噌汁、漬け物、納豆や地元の漁師さんからいただく魚介類(あじ、たい、しらす、アサリ、車エビ、のり)、あとは地元の山のお茶とみかんである。肉はごくたまにしか食べないし、油ものはあまりとらない。それでも食材はかなり高級である。
どんなに見てくれの良い安価な農薬と保存料付けの外国の農産物よりも、地元の農産物の方がはるかに美味しい。なぜか。それは故郷に坐す神様の恵みに感謝しつつ、その農産物を頂くからである。
最近はなすとピーマンの季節なのでよく近所の支援者の方から朝とりたての旬の野菜を頂く。商品価値のないような形の悪いものも混じっているが、そんなのはどうでもよい。形が悪くても、心を込めて我が家族のために朝収穫して自宅まで持ってきてくださったその人の気持ちがこもっていればそれで十分である。同じ野菜でも、スーパーの野菜とは違った暖かい心を感じる。
だから日本人は原点に立ち返って価格という尺度でなく、同じ共同体の仲間である農家の方々の素朴な生き方に敬意を表しようではないか。そして今こそ地産地消を奨励すべき時なのである。
9月27日(水)
2006-09-26 10:10 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
『奪われる日本』(関岡英之著、講談社現代新書¥735)をこのブログで紹介したが、毎日のようにこの本を読んで目からうろこが落ちたという内容のメールが届いている。かなりの反響のようである。
その他にも通販生活の記事を読んで大変良かったというメールを何通も頂いた。かの有名なジャーナリスト溝口敦氏の私城内実へのインタビュー記事が、『通販生活、2006年秋号』(カタログハウス、¥180)に掲載されている。現在書店でも発売中である。タイトルは「人生の失敗」。このブログをごらんになっている方には是非読んで頂きたい。また、できたら感想も送って欲しい。
9月26日(火)
2006-09-24 21:12 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
22日(金)から24日(日)まで鹿児島に家族と共に出張した。昨年私と同じく亡国郵政法案(詳しくは「奪われる日本」、講談社現代新書、45頁、69頁参照、(735円))に反対した同志古川禎久代議士に招かれて西郷南洲先生の命日の24日に南洲神社にお墓参りをした。22日の夜は古川氏の家族と合流した。古川氏は男の子が三人、私城内実は男の子が二人。同じ年頃の男の子が5人もいると結構にぎやかであった。
私は先の総選挙で落選したが、同志の古川代議士が無所属でありながら当選したことは本当に良かった。彼は心から西郷隆盛を尊敬している。国家観も私と同じ憂国の士である。数少ない宰相の風格のある若手代議士の一人である。私は古川氏の尊敬する「西郷さん」を良くしらなかった。ところが、落選してから支援者の一人が「大西郷遺訓」(大正十四年初版、昭和十八年版)という本をわざわざ古本屋で買ってきて贈呈してくれた。(はじめてその偉大な人間性に触れたのであった。この本を通読して心底感動した。
例えば、「敬天愛人」、「命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、しまつに困るものなり。このしまつに困るひとならでは、艱難(かんなん)をともにして、国家の大業は成し得られぬなり。」、「万民の上に位する者、おのれを慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民その勤労を気の毒に思うようならでは、政令はおこなわれがたし。」
こうした珠玉の名言が書かれている。私のめざすべき人生観と同じである。
24日の朝7時、まさに大西郷南洲が自刃した命日に古川氏の同志数十名とともに、東から昇る朝日を浴びながら西南の役の烈士の墓地(南洲神社)にお参りできたことは本当に幸せであった。
この混迷する日本社会において私のようなたいした能力のない人間であっても、西郷先生と生死を共にした桐野利秋くらいにはなりたいと思う。現代の西郷南洲翁は、安倍晋三新総理なのかそれとも平沼赳夫先生なのか。それとも別の傑物なのか。良く分からない。
まだ子供たちが寝ている朝5時頃早く起きて、日の出の太陽の光を浴びながら子供たちが元気でいることを神(お天道様=太陽)に感謝する。そのささやかな喜びと感謝の気持ちこそ人生最大の幸せである。地位とか名誉とかお金なんぞは本当にどうでもよい。万民の幸福とはなにか。大金持ちも貧乏人も同じである。その根本精神、根本原理を大事にしたい。
9月24日(日)
2006-09-21 22:28 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
昨日の自民党総裁選は安倍晋三官房長官が66%の得票率で当選した。本当におめでとうございますと申し上げたい。
僭越ながら、私は麻生太郎外務大臣も谷垣禎一財務大臣も総理総裁になってもおかしくない方と思う。それでも、やはり三候補の内一番ご縁が深く、かつ国家観が近い安倍先生に総理総裁になって頂きたかった。本当に良かった。
先週末から新聞テレビ各社から取材を受けているが、今朝の某テレビ局で私のインタビューの後、あるコメンテーターが、「城内実は安倍さん安倍さんと言っているけれども、そんなに安倍さんというのならなぜ安倍さんを裏切ったのか」とおっしゃっていた。この方はおそらくホリエモン氏と親しい某自民党幹部とと最近辞意を表明したT大臣とに近い関係にある方だと思うが、まだ郵政改革の中身が国家国民のためと思っている権力志向の強い勝ち馬主義の方とお見受けした(誰かはまた今度名前を明らかにしたいと思う)。もうそろそろ国民も気がついている。マスコミは黙殺しているが、関岡英之氏の「奪われる日本」が一ヶ月でついに三刷に入り、三万部を越したのである。国会国民の利益よりも自己保身型の勝ち馬主義者。小泉、竹中構造「改革」路線の最大の負の遺産である。
勝ち馬にのるような連中は古今東西大勢いるけれども、まあこれはしかたがないであろう。それでも私城内実は、無器用でも真の国家国民のために体を張る政治家をめざしてこれからもがんばって参る所存である。左右のイデオロギーを越えて連帯しよう。
9月21日(木)
2006-09-18 00:16 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
昨17日は地元の敬老会を半日で八カ所回った。当日選挙区の最北端の中山間地域の水窪町を朝8時に出て、国道152号線を南に下った。旧佐久間町の西渡を通過した。私の父方の祖母あさが生まれ育った旧山香村(やまかむら)である。
西渡郵便局のななめ向かいに今から80年前まで「やまとや」という菓子屋があった。祖母あさが卒業した山香小学校は今年の4月から統廃合の憂き目にあり廃校となった。大正から昭和にかけての祖母の時代は林業や鉱山で大いににぎわい、「やまとや」も職人を何人もかかえて大繁盛であったらしい。
「やまとや」は山香村の累次に亘る大火に遭い、昭和の初期に浜松駅近くの海老塚町に「磯浜」と名称を変え(若かかりしころの祖母が命名。磯部家が浜松に越してきたことから磯浜とした。)新たに菓子店を開いたのである。
私も祖父母をはじめ年輩の方から、「嘘をつくと閻魔様から舌を抜かれるよ」とか「人が見ていないからといって悪いことをしてもお天道様が必ず見ていて罰が当たるよ」とか子供の頃聞かされてきた。ところが、最近の風潮は法の網をくぐるどころか、ばれなけば何でもありというような犯罪が横行している。ライブドアしかり、村上ファンドしかり、そして公務員の飲酒運転しかり。
ばれたら「人生いろいろ」とかいってごまかすのだろうか。このふざけた風潮を国民もしっかりと受け止めなければならない。国民もいいように利用されて、しぼりとるだけしぼられるだけである。
日ハムの新庄選手が参議院選に出る?ワイドショー政治もいいかげんにして欲しい。有権者のみなさんはばかにされているわけである。
お年寄りはしっかりと見ている。必死になって敗戦後の日本を支えて来られたお年寄りは何かおかしいと気づき始めている。安倍政権になって大幅に竹中構造改革路線を修正しないと日本は日本でなくなるのである。
9月18日(月)
2006-09-15 02:09 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
小学一年生の長男が八月のなかばころ庭で幼虫を見つけた。私が子供の頃見かけた幼虫が37年ぶりによみがえった。どこかで見たような幼虫だ。二種類の幼虫が小さな小さなしがない家庭菜園のトマトとなすの葉っぱの上をはっている。葉っぱは穴だらけ。こいつらの仕業か?
これは害虫ではないかと長男に聞いてみたら、緑一色の幼虫はアゲハ蝶の幼虫で飼育したいと言った。子供がつついたらニクカクが出たと喜んだ。ニクカクとは肉角という幼虫をおどかすと出てくるつののことだそうだ。長男によると、この幼虫はゴレイチュウ(五齢虫)であと数日でサナギ(蛹)になり、ヨウカ(蛹化)し、ほっておけばウカ(羽化)するという。算数がきらいで足し算もろくにできないくせにゴレイチュウとかヨウカとか専門用語を使ってなんなのだ。長男の言われるまま、近くのミカンの葉っぱを水につけて虫かごに入れて飼ったらいつのまにかそれを食べて蛹になり、羽化して本当に成虫のアゲハ蝶になっていた。もう一つの節に黒っぽいものがある幼虫はキアゲハの幼虫だそうだ。
子供というのは、大人が仕事にかまけている時に、地面に這っているいろいろな小さな虫や生き物をしっかりと観察し、分からないと勝手に図鑑を調べて該当する対象物を探しあてる。その執念たるや大人顔負けである。
子供の世界というのは時として小さな虫のミクロの世界に入ったり、またある時は星空に関心を持って宇宙の広大無辺な世界にあこがれる。自分ももしかすると子供のころはそうだったのかもしれない。あまり記憶にないが。それとも長男が変わり者なのか。
いずれにせよ、子供の好奇心のエネルギーたるやすごいものがあるとつくづく感じた次第である。
9月15日(金)
2006-09-11 22:04 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
昨年の郵政解散にともなう選挙からちょうど今日で一年である。また、アメリカの9.11.の「テロ」から5年経つ。
郵政解散選挙では多くの国益重視派の仲間が犠牲になり、アメリカの9.11.テロで多くの善良な市民が犠牲になった。どうしてこんなことが起きるのであろうか。
人間同士が殺し合いをするような弱肉強食型の社会をおもしろいと感じている倒錯した連中が多すぎる。気に入らなければ刺客を送って政治生命を絶ったり、母親でも友人に頼んで殺してしまうような個人の拝金主義的な欲望最優先の社会に誰がしたのか。その教育面での影響はどうなのか。そのことを我々庶民は、劇場型政治の呪詛から逃れて冷静な頭でじっくり考える必要がある。
9月11日(月)
2006-09-10 22:56 by 城内 実 ・ カテゴリ»
政治
今日は地元の旧浜北市の宮口と旧天竜市の長沢、芦窪、両島のお祭りに行った。近くのお宮(神社)に昔ながらの屋台が集結する。このお祭りの日ばかりは、都市部の浜松市中心街に引っ越した人たちが実家に帰ってくる。場合によっては他県から戻ってくる。
先月も天竜市の二俣祭りがあった。10数ヶ町の屋台がお宮に集まる光景は圧巻である。
お祭り(ム+ア=ま、 ト+ウ=つ、 ル+イ=り)とは、年に一回天上界の神と地上界の人間が一体となる行事である。
こういう何百年も続いている伝統を守ろうではないか。
9月10日(日)