この間、NHKスペシャルで「ワーキングプアー働く貧困層」という番組をやっていたそうだ。ついに私が恐れていた世の中が来たかと思った。
働く意欲があるのに働く場がない。いくら働いても貧困から抜け出せない。子供に満足な教育を受けさせられない。今、日本には、生活保護水準以下の低所得世帯が400万戸もあるそうだ。
特に私の胸に突き刺さるのは、地方(田舎)の現状である。私の母は秋田の雄勝郡出身であるが、東北地方では、内陸部の町や村で著しく過疎が進み、単独の経済圏、生活圏として成り立たなくなっている。衣食住に必要な最低限な生活物資の供給や、職場、学校、病院、金融(郵便局)、役場などの機能が、移動距離30分以内でないと不便を感じる。
不便な村からは人口が流出し、店を開けてもお客がこない。全国チェーンのコンビニなどは絶対にない。今はやりの絶対的な市場原理、経済効率主義があるからだ。そんな村では農林水産業も赤字経営だ。現金収入がなければ生活はできず、働く場を求めてご先祖様から昔から住みその墓がある村を捨てる。かくして村や町自体が消えていく。
これは他人事ではない。私の祖母は地元の旧佐久間町山香村西渡という山間部の出身であるが、静岡県西部の山間部でも、似たような現象が起きている。
町に住む人の中には「山間部や田舎のことなど関係ない」という人もいるかもしれない。だが、それはあまりにも浅はかな考えだ。日本の国土の7割近くは山林である。その山林を維持管理する地元住民がいなければ、山は荒れ果て災害が起こる。山が荒れれば川下の都市部に供給される水や空気も不安定になる。都市と農山村地域の共生・対流なくして都市部はなりたたない。
都市部に住んでおられるみなさん、それでも関係ないといっていられるのであろうか。確かに都市部のほうが政治家にとっては票数もカネもあるだろう。しかし、地方を切り捨てることはそこに代々住んでいる人たちを見捨てることである。何百年以上も先祖代々の墓を守り、広い面積の地域で今や都市部で忘れられつつある一番真剣に日本の伝統文化を守ってこられた方々である。私は日本人として、目先の経済効率性や市場原理でこうした方々を簡単に切り捨てられない。だから経済効率第一主義で地方切り捨ての郵政改悪法案に命がけで反対したのである。
日本の国会議員たるもの、くだらない新聞やテレビを見て、選挙に当選することを第一に「世論」に右往左往し迎合する前に、もう少し法案をしっかり読んで、それが国家百年の大計や国益にかなうかどうかしっかりと吟味してもらいたいものだ。
人はいつか死ぬ。必ず死ぬ。私もいつ死ぬか分からない。しかし、誰かが城内実の遺志をついで日本国民を幸せにし、世界人類が平和になりさえすれば良いではないか。後を続くことを信じるばかりである。
7月29日(土)
Archive for 7月, 2006
ワーキングプアで町が消える?
地球温暖化対策と水田
地元の浜松特に祖母の生まれ育った佐久間町で毎年日本の最高気温を出す。今日も浜松は天気は快晴で暑い一日であったが、近くに水田があるとほっとする。ちょうど稲が一メートル(三尺)くらいになっている。水田があるとおひさまが照っていても水があるからそれほど暑さを感じない。
地球温暖化対策には意外と世界に水田を普及することが効果的かもしれない。食糧自給率が40%の日本は欧米先進国(70~100%)と比べると突出して最低の部類に属するが、そうだからこそ減反政策をやめてどんどんコメを生産すべきである。休田や休耕地がたくさんあるわけであるから、そこを水田にしたらよい。世界で進行している砂漠化も水田化によって緑が戻るのである。
日本は豊葦原の瑞穂の国(とよあしはらのみずほのくに)と言われているが、瑞穂を大事にし世界にこの水田文化を広めようではないか。
7月26日(水)
自然環境と神様
人間の都合で開発し尽くされたかに見える大都会東京にも、緑の残っている場所がある。私も本来ならば、父の出身地の浜松市で出産の予定であったが、たまたま両親が仕事の関係で広島におり、いろいろあって母の両親の当時の居住地の新宿に数ヶ月戻ってこの世に生を受けた。今から約四十年前の昭和四十年四月十九日のことである。
町外れの神社やお寺の森など、いわゆる鎮守の杜はまだまだ健在だ。樹齢百年という巨木は、神様が宿るご神木として祀られ、その木々は地域の人が集まり憩う場所、子供たちが遊ぶ場所として、地域にコミュニティを提供してきた。一方、神様が棲む犯してはならない場所として、厳格に守られてきた森もある。奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)は、三輪山とい山自体がご神体で、山に足を踏み入れることすら禁じられている。だから三輪山には手つかずの原生林が残ってる。そういった自然の中の神社もあるが、都市部の産土神社もひっそりと残っている。
古来、日本人にとって自然は神様そのもであった。太陽にも月にも山にも川にも海にも神が宿り(八百萬の神)、これらの神々を畏れ敬い大切に守ってきた。だから日本は美しい自然が保たれたのである。
地図上に線を引き保護区を指定したり、莫大な予算を注ぎ込んで保護を事業化するのも一つの方法かもしれないが、特定の場所を神格化してしまうというのも環境保護には有効な手段ではあるまいか。
つまり「この地域には神様が宿っているから自然を壊してはならない」といった風である。笑うなかれ、実際霊峰富士にしろ、御嶽山や熊野山にしろ、信仰が盛んな地域には、必ず豊かな自然が残っているではないか!要は考え方の問題であろう。発想の転換が必要なのだ。そう考えると霊峰富士のふもとで自衛隊が火力演習を毎年行うにあたってきちんと神様の了承を得ているのかどうか知りたい。
この一世紀ほど人間は、ダーウィニズム的な進化の頂点にいる優れた生物であるというおごりや、「国家の品格」の著者の藤原正彦教授の否定する科学万能主義や唯物主観の蔓延によって勝手に自然を作りかえ、多くの自然界の生物を絶滅へと追いやった。
しかしどうであろうか。人間も自然の一部であり、人間は自然の中で生かされているという認識の下では、蟻やだんご虫と同じである。死せば土に帰る自然界の一員と言えないか。魂のレベルは別としても。
本当の教育とは、知識とともに人間性を養うことが大切だ。将来を担う子供たちには、自然環境の問題を通じて、今一度道徳や心の教育が見直されるべきではなかろうか。
7月25日(火)
太陽の恵み
今日は午前中は雨だった。午後から雨があがって太陽が雲間から現れた。ほっとする瞬間である。
6月上旬に田植えをした稲もすくすくと順調に成長している。これも太陽の恵みであり、本当にありがたい存在である。我々人類に大きな恩恵を与えて下さっているのがお天道さま=太陽である。これこそ究極の無償の愛である。この恵みを当たり前のことと考えるようになり、感謝の心を忘れたから世の中がおかしくなってきているのではないかと思う。
太陽を中心とする自然の恵みにすなおに感謝し、そこから頂いたエネルギーや恩恵をひとりじめするのではなく、その一部を他者におすそわけするような和の精神が日本の文化ではないだろうか。何度もいうように弱肉強食型のアングロサクソン社会から、日本の和の精神、言い換えれば和通円満、調和の精神を世界に広めることがこれからの日本の使命ではないかと思う。そのためにももう一度日本の古き良き助け合いの精神が残っている共同体を見直したい。
7月21日(金)に私が所属する拓殖大学日本文化研究センター所長の井尻千男教授が浜松に来られ、まさに「共同体を保守再生せよ」という演題で講演をして下さる予定である。50~60名程度の小さな講演会であるが、浜松近辺に在住の方でご関心のある向きはお時間があればどうぞお気軽にご参加頂きたい。会場は浜松駅北口を出て左手にあるビル「メイワン」の会議室で入場料は500円。詳しくは城内実後援会事務局(電話053-430-5789)まで。
7月20日(木)
最高気温
私の地元の浜松市は数日前に全国でも有数の最高気温を出した。私の祖母は旧佐久間町山香村で生まれ育ったが、旧佐久間町は毎年気象観測上の最高気温で有名である。
6畳の寝室には文明の利器のクーラーはないので、汗をかきかき扇風機で暑さをしのいでいる。夜クーラーのかかった快適な部屋で過ごすのも良いが、日本人なら夜はうちわと扇風機と蚊取り線香で過ごし朝起きてから風呂で体を洗い、最後に冷水を浴びて体を清めれば本当にすがすがしい。
禊ぎ(みそぎ)ではないが、金権亡者の魔を払い、清く美しい心を養うためにも天候、気象を司る神様に感謝する儀式をおこなわなけれならない。
7月17日(月)。
お盆
今日は地元の初盆参りをした。まわるところはたくさんあるが、13日、14日の両日に本人がいけるところは限られている。義理を欠いてばかりで申し訳ない。
お盆というと亡くなった方の霊魂が家族の下に帰ってくる時期である。一説には人が亡くなると魂(たましい)は肉体を離れ、さらに魂(こん)と魄(はく)に分かれ、天上界をめざす前者と地上をさまよう後者になるとのことである。その真偽のほどは人間が亡くなってみてはじめて分かるものであるが、お盆というものはなにも無意味な行事をやっているわけではないと思う。
現世御利益の村上ファンドやライブドアあるいはそれを支えた経済効率主義者や株主至上主義者といった金権勢力からすれば、お金儲けとは何も関係のない鎮魂の行事は時間の無駄と感じるであろう(時にはお客様である一般大衆に迎合しなkれば仕事をもらえないというような発想で、意味も分からずに鎮魂行事に参加しているかもしれない)。が、もしあの世があるとしたらそういう連中はそのつけをあの世で払わされるであろう。自分は欧米の一般的な庶民と比較してもそれほど信心深いわけでもなく、特定の宗教団体にも所属していないが、神の存在を否定しただひたすら西欧流の悪しき合理主義や理屈(私からみればへりくつ)に終始しているような唯物主義的な人間にはなれない。
人間たるもの、自分を超える絶対的な存在(=神)に対し畏敬の念を頂き、常に神が自分のあらゆる行動を見守っている(時には監視している)と信じることが大事ではないかと思う。そう信じれば、嘘をつけば神様からとがめられる、悪事を働ければその報いを死後の世界で受けるとなり、人を殺したり、傷つけたり、だましたりするようなことはなくなるであろう。常に天上界の目がそそがれているという意識である。
私が信念を貫くのも絶対的な存在である神様に対して顔向けできないような卑怯なことができないからである。神様の存在を信じないような世渡り上手な人間や情勢を見渡して勝ち馬にすぐ乗るような人間からすれば私のような人間は単なる馬鹿な存在かもしれない。が、それはそれでよいと思う。そういう現世御利益、利益誘導型の方々もいつかは気がつくであろうし、気がつかないようではそれは自分の努力が足りなかったわけである。自分の不徳の致すところである。
今回「ですます調」からまた「である調」にもどさせて頂いた。この方が自分にあっている。一時期混乱を招いてしまったことにお詫び申し上げる次第である。
7月14日(金)
テポドン
北朝鮮のミサイルが発射されました。以前から燃料注入を米国の偵察衛星がとらえており、その情報が日本はじめ各国に提供されていました。北朝鮮のそのような動きに対して発射を中止させようと日本や世界が圧力をかけました。それでも発射されたわけです。
私はなぜ各国が発射を中止させようとしたのか良く分かりません。発射を中止させようとすれば、どうせその見返りに北朝鮮の体制をしばらく延命させるに充分なカネを要求されるだけでしょう。ならば発射したいと言い張るのなら発射すれば良いと思っていました。実際被害もなかったわけです。ただ、国際法上このような行動をとるのならば、関係諸国に対して事前通報をすべきであったわけであります。
今回のことで、北朝鮮という国家がどういう国なのか日本国民はさらに認識を深めることになったでしょう。北朝鮮のバックについている中国は今回の件を陰で黙認したと思われます。
それにしても、マスコミが北朝鮮のミサイル発射に対して淡々と報道しているのには改めて驚きました。もっと国民の怒りの声をストレートにぶつけると思っていたのに・・・・。
ところでテポドンのおかげで日銀総裁の村上ファンドを巡る問題が一気にトーンダウンしました。ホリエモンと某自民党幹部の関係について司直の手がのびそうになると、絶妙なタイミングで永田議員の偽メール事件がおこり、皇室典範改正問題で自民党が割れそうになると紀子様ご懐妊。本当に運の良い政権だと感じました。最近では、村上ファンド問題をうやむやにするために北朝鮮にお願いしてミサイルを撃ってもらったなどということを言う人や、横田めぐみさんは金正日にもっとも近い人物のおそば係としてスイスに滞在しているというような人がいますが、この種の情報の信憑性ははっきり言って分かりません。
マスコミがコントロールされている以上、こんな情報は絶対に表に出てその真偽につき問われることはないでしょう。
7月9日(日)
「国家の品格」を読みましょう(その二)
今日「国家の品格」の作者の藤原正彦先生と対談しました。藤原先生は新田次郎氏と藤原てい氏作家ご夫妻のご子息です。
その対談のなかみについてはまた後日紹介しますが、教育、市場原理主義、北朝鮮問題についてほとんど意見が一致しました。
「国家の品格」は今や211万部を越えました。何度も言うように、なぜ私が「抵抗勢力」というレッテルを貼られるのを覚悟してまで郵政法案に反対したその理由は、「国家の品格」を読めばたいていの人は自然と分かります。ちなみに「国家の品格」には郵政改革については触れられていません。それでも、竹○大臣が強引に推し進めた「竹○郵政民営化法案」の真の意図は日本の将来のあり方、国柄にかかわる重大な問題であったことが少しずつではありますが、国民も気がつき始めています。
そのことに大いに期待し、苦しい時ではありますが、楽観的にものごとの推移を見守っていきたいと考えております。
7月7日(金)
滋賀県知事選
先日の滋賀県知事選の結果は予想通りの結果でした。自公与党のみならず、民主党相乗りの現職の候補があっけなく敗れました。公共事業の是非を問う、昨年の郵政解散と同じようなシングルイシュー(たった一つの問題点についてのイエスかノーを市民に問うこと)選挙だったわけです。国民投票法が機能していないのに強引に唯一の案件だけで郵政解散にもっていった現政権のつけがまわったのでしょう。
私城内実は縁あって滋賀県人会の顧問をさせていただいていますが、今回だけは自公民の候補を応援するというわけにはいきませんでした。滋賀県選出の前衆議院議員の小西先生と親しい間がらなので(この方も国家国民の利益のために亡国郵政法案には反対票を投じました)、行動を共にしたわけであります。それにしても民主党が自公現職候補を応援したセンスのなさには驚きました。これでは永遠に自公与党連立には勝てないでしょう。
ところで、そもそも公共事業をなんでもかんでも悪の権化のようにして、これまでの私的な恨みをはらしたい一心から既得権を握っている人たちに抵抗勢力や悪のレッテルを貼って追い落とし、国民を情報操作で騙して、宮○氏、村上氏、堀江氏、木○氏、○○自動車はじめ「新たな既得権」との金権癒着体制を作り上げたのはなかなかたくみだったと思います。でも今回その調子に乗ってやりすぎたつけがまわってきたわけであります。
公共事業にしても全てが悪いわけでなく、また、国家公務員にしても全てが悪いわけでないのに、民間(ホリエンモン、村上ファンド、木○、宮○)=全て善、公務員、公共事業=全て悪という子供だましみたいな詐欺的な○か×かの単純な手法で国民を騙した罪は重い。たばこの税金、医療、年金はじめ、構造改革と称して一般の庶民の負担を増やして堀江氏のような一部の勝ち組に富が集まるような手法は見なおさなければなりません。
私からすると公務員の宿舎が一等地にあるのは問題かもしれないが、むしろ国会議員こそまず自分たちが一等地のはるかに豪華な宿舎に公務員よりももっともっと安い家賃のところに住んでいる状況を改善しなければならないと思うのですが・・・。まだまだ国民が知らされていないこのような事実がありますが、何度もいうようにマスコミがある勢力に握られている以上、マスメディアを通じてなかなか国会議員の既得権にメスをいれたりして国民の意識を正常化するのは難しいかもしれません。それでも粘り強くこのブログを読んでくださっている方々から日本国の再生及び世界の平和のために国民運動を広げたいと思います。
この点についてご意見などありましたら、minoru.kiuchi@nifty.comあてにお願いします。
7月7日(金)


