2006年6月の記事一覧
これまでこのブログを「である調」で書いていましたが、あるj方から「ですます調」で書いた方が親近感があるというご指摘があったので、とりあえず当面「ですます調」でブログを書いていきたいと思います。
6月29日(木)
今日は結構蒸し暑い一日であった。地球温暖化のせいか、気温が年々あがっている。私は極力冷房を使わないようにしている。浜松に住んで三年以上になるが、夏は寝室で扇風機のみで過ごしている。寝ていて暑く感じるが、適度に汗をかけば意外と疲れない。
夏には極力電気を使わず、冬に使うようにできないか。太陽光線と重力はただである。最近はやりの経済効率性からすると原子力発電所が主流になるのであろうが、私は有害物質を生む原子力発電所は極力シェアを下げるようにしたい。
現職の頃衆議院環境委員会の委員としてこの問題に取り組んだが、原発ではなく太陽光発電やバイオマスといった21世紀型の環境にj優しいエネルギー源を主流にするような運動をこれからも展開したい。
6月28日(火)
先週の金曜日(6月23日)に淡路島にある伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう、兵庫県津名郡一宮町多賀)を参拝した。淡路島は、ちょうど30年前頃に父親の転勤で神戸の諏訪山小学校(後に神戸小と合併)に転校し、休みの日に観光に訪れて以来である。淡路島は午前中は雨であったそうだが、伊弉諾神宮についた頃には不思議と雨があがった。この神社は旧官幣大社で伊邪那岐命(いざなぎのみこと、=伊弉諾命)を祀っている。伊邪那岐命は古事記上巻にもあるように、淡路島(淡道之穂之狹別嶋=あはぢのほのさわけのしま)を生み、群神を生んだ神様である。その後、幽宮(かくりのみや)を淡路之洲に営んだ。毎年六月一日に御田植祭がある。
伊弉諾神宮でお神楽をあげてもらった。午後には淡路島洲本の嚴島神社を参拝した。午後三時頃だったと思うが神社の社務所前にいたら雲間からお日様が現れた。
その日は洲本の夢泉景(ゆめせんけい)というホテルに泊まった。翌朝5時に起きて露天風呂に入ったら、海の向こうから太陽がゆっくりとのぼっていた。感動した。
早起きは三文の得というが、ふだんは見ることの出来ない自然の力に触れることが出来て大変幸せであった。
6月25日(日)
これから二時間後にブラジル戦がはじまる。私も子供のころサッカー少年であったが、日本代表がまさかオーストラリアに負けるとは思わなかった。自分の予想では、対オーストラリア○、対クロアチア○又は△、対ブラジル戦で×で、勝ち点6又は4で何とか予選を突破できるものと思っていた。大和魂が無いからオーストラリアに負けたのではないか。
私が小学生の頃の1974年に当時の西ドイツでワールドカップが開催された。1971年から1975年までドイツのボンの小学校に通っていたので、テレビでワールドカップを観戦していたのを懐かしく思い出す。「皇帝」ベッケンバウアー主将の下、ドイツは決勝戦で優勝候補のオランダに2対1で勝って1954年のスイス大会以来の二度目の優勝をとげた(1954年当時の主将はフリッツ・ヴァルター。その名前は1FCカイザースラウテルンのホームスタジアムの名前に冠されている)。当時の西ドイツ代表は予選リークで東ドイツのシュパールヴァサー選手の痛恨の得点で0対1で負けた。それでもなんとか決勝に進出し、ダントツの優勝候補オランダと対戦した。オランダ戦のキックオフ数分後には、ドイツの「テリヤ」ことベルティ・フォークト(後の西ドイツ代表の主将、独代表監督)のファウルでオランダのペナルティ・キックとなった。その後今度は西ドイツのペナルティ・キックで1対1となり、最後は私のあこがれのゲルト・ミュラーの得点で2対1で勝ったのである。
私の第二の故郷は10年間生活したドイツである。ドイツには今回是非優勝してもらいたいが、やはりなんといっても大和魂の日本人であるので、日本代表にもなんとか予選リーグを突破してブラジルに勝って優勝してもらいたい。4年前横浜のドイツ対ブラジルの決勝戦でシュレーダー独首相のおつきの一人として横浜のスタジアムにいた。仕事で観戦はできなかったが、ワールドカップではじめてドイツとブラジルが対戦した光景を見ることが出来た。ドイツが負けたのがくやしかった。
今日はなんとか日本代表に3対1で勝ってもらいたい。その可能性は少ないと言われているが、日本国民が一生懸命祈ればもしかしたら奇跡がおこって勝つかもしれない。
最期に今回のワールドカップで気がついたことがある。日本の国歌が流れているのに口をうごかさない
、すなわち国歌を知らないか歌わない選手がいた。誰とはここで名前をあげないが、某有名選手であった。それに対し、ブラジル出身の三都主アレサンドロ選手はきちんと歌っていた。良識ある日本人は違和感を覚えたに違いない。日本より国民所得が低いどんな発展途上国でも自国の国歌をきちんと歌える。国歌をきちんと歌えないような人間が一人前の人間として日本代表として衆人環視の下、国際社会のステージに出るのは恥ずかしい。そう思わないか。
6月23日(金)
22日の木曜日、午後から雨の日だった。地元の浜松市に有名な政治評論家の○○先生をお招きして講演会を開催した。人気政治評論家の先生のおかげで予想の倍以上の方々に来ていただいた。
今日の講演会が終わってみなさんと話をしていたら、異口同音に政治が身近になったと言って喜んでいた。政治を身近なものにするためには、新聞やテレビの情報だけではだめである。新聞やテレビはあくまで民間企業であるから、スポンサーや某広告代理店の言いなりになり、時として悪しき権力に追従する傾向にある。また、今日の○○先生の話にあったように、タブーには触れずに常に長いものに巻かれる傾向にある。だからこそ東京でいろいろな情報に接している政治評論家の裏話は大変ためになった。
手弁当で応援に来てくださる○○先生のような方がいらっしゃるおかげで次回もなんとかがんばらないといけないと強く感じた。
6月23日(金)
人間の一生は平均して70年そこそこ。地球は何億年もの歴史がある。そう考えると物理的な意味での人間なんていう存在はごく一瞬のちっぽけな存在だ。ただ、肉体としての人間ではなく、目に見えない永遠の魂(たましい、精神)を持つ存在としての人間はまた別にあるのではないか。
肉体はほろびようと、その魂を受け継いでくれる人が一億人以上住んでいるこの日本の中にたった一人だけでもいればそれで満足である。などということをこの物質文明の絶頂期に語ってもピンとくる人はピンとくるが、分からない人は分からないであろう。
6月21日(水)
今日は大変天気の良い日であった。朝起きたら雲一つなく、おひさまが照っていた。すがすがしい気分になった。太陽の恵みというものを肌で感じた。子供がだいぶ前に水栽培からはじめて、土に植えたじゃがいもがたくさんふえていた。これも太陽の光のおかげである。
世の中は光(あるいは陽、プラス)と闇(あるいは陰、マイナス)がある。闇の世界は歪んだ世界である。その闇の世界も光の世界が温かくつつみこむことによって、ようやく何かに気がつくはずである。天の岩戸ではないが、最終的には必ず光(=真理、正義、正系)が闇(=悪、邪道、傍系)に勝つだろう。私などはまだまだ光と闇のあいだをうろうろさまよっている未熟者である。自己の魂(=心)をこれからもっともっと磨いていき少しでも光に近づきたい。
6月21日(水)
現在発売中の月刊「現代」(講談社)7月号に平沼赳夫先生、関岡英之氏と私の三人の鼎談(編集部がつけたタイトル「アメリカ崇拝政治を排し、保守を再生せよ!」)が掲載されている。もし余裕があったら是非読んで頂きたい。
あと、堀内光雄前自民党総務会長が書かれた「自民党は殺された!」と小林興起前衆議院議員の「主権在米経済ー郵政米営化戦記」も一般のマスコミがこわくて伝えられない郵政改革をめぐるあまり表に出ていない真実が書かれていて大変興味深い。堀内先生著の「自民党は殺された!」の中には例の党議拘束をかかったかかっていないの論争のある総務会の極秘議事録が掲載されている。まずその箇所を読んで欲しい。私もたまたまその総務会に自民党議員として中に入って傍聴したが、全く議事録のとおりであった。なぜかくも執行部が強引に見せかけの多数決にもっていたのか、国民のみなさんは不思議に思うだろう。その答えはもう出かかっている。
6月20日(火)
先週一泊二日の日程で伊勢神宮を参拝した。伊勢神宮といえば、与野党とわず多くの有力国会議員が一月になると伊勢神宮を参拝する。その様子が新聞やテレビに出ていた。私も、恥ずかしながら41歳にして生まれて初めて「お伊勢参り」をした。
参拝の日はなぜか不思議と朝方雨だったが急に晴れて大変すがすがしい天気になった。傘をきちんと用意しなかったので本当に幸運であった。
13日の夕刻は外宮を参拝。14日の朝6時頃に内宮を参拝した。東から太陽の光がこだちからさっとつきさした。内宮は天照大御神、すなわち太陽神だ。
この間、棚田で田植えをしたが、太陽の恵みのおかげで我々は生きていることを身をもって実感した。そういう意味でおひさま(=天照大御神様)に改めて心から感謝した次第である。
6月19日(月)
四十の手習いなどという言葉があるかどうか分からないが、今俳句をやっている。この世界は本当に奥が深い。
先日ある方から子供に俳句、和歌、武道なんて馬鹿じゃないの、そんなこと強制するのは戦前の竹槍と同じで「おまえはもう終わっている」という呪いのメールを頂いた。自分としては忙しい中で誠心誠意丁寧にメールに返事をしたつもりだったのが、その方にむきになってちょっと違うのでないのと反論してしまった。そういう人はそういう人で自分の自己満足の世界にひたっていれば良いわけであって、城内実の思想に共鳴する者が少数なりともいれば良いのである。いちいちむきになってそういう人に反論する自分の未熟さに反省した次第である。「お説ごもっともです」ともう少しおおらかな気持ちにならなければならないのだった。そういう意味でその方から学ばせていただき、感謝している。
ここで私の下手な俳句を披露する。私もある俳句会の同人になっている。
気がつけば近くの田にて蛙鳴く
黄砂降り浜名湖の沖ぐもりかな
朝起きて窓の香ぐはし花みかん
大空に街それぞれの凧合戦
お茶摘みの弁当ひろげ山の里
6月16日(金)







